タイトル:『俺とあいつは最高のダチだから、この胸の鼓動は友情に違いない。』
「おっしゃあ! 俺の勝ちだオラァ!」
薄暗いゲームセンターに、俺――相葉悠人(あいばゆうと)の歓声が響き渡った。
画面にデカデカと表示される『K.O.』の文字。俺が操る筋肉ダルマのキャラクターが、相手のトリッキーな忍者キャラを画面端でボコボコにして勝利のポーズを決めている。
十連勝。乱入してきた見知らぬ相手を完膚なきまでに叩き潰すのは、この上ない快感だ。
「……あー、くっそ。今のコンボ、そこで割り込んでくるか普通……」
向かいの筐体から、悔しそうな、しかしどこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。しかも、妙に透き通った女性の声だ。こんな場末のゲーセンで、しかもゴリゴリの格闘ゲームの筐体に座っているのはどんな猛者かと立ち上がり、向かい側を覗き込んだ。
「え……?」
「ん……?」
そこに座っていたのは、うちの大学で『文学部の高嶺の花』と噂されている夏目結衣(なつめゆい)だった。
艶やかな黒髪のロングヘアー、すっと通った鼻筋、そして少し不機嫌そうに尖らせた桜色の唇。キャンパスで見かける彼女はいつも静かに本を読んでいて、誰もが声をかけるのを躊躇うようなオーラを放っている。
しかし今の彼女は、パーカーの袖を捲り上げ、スティックを握りしめ、目を血走らせていた。
「お前……夏目、だよな?」
「そういうあんたは……経済学部の相葉。あんたがあの筋肉ダルマ使ってたわけ?」
「ダルマ言うな。漢のロマンが詰まった重戦車キャラだろうが」
「ロマンって言うか、ただのゴリ押しじゃん。私の華麗な起き攻めを無敵技でぶっ放して返すとか、美学がない、美学が」
「勝負は勝った奴が正義なんだよ! つーかお前、そんなキャラだったか!? 大学だと『触れると壊れそうなガラス細工』とか言われてんぞ!」
「あー、それね。猫被ってんのよ。面倒くさいでしょ、キャンパスで格ゲーのコンボの話とか大声でしてたら」
ケラケラと笑う彼女の姿は、噂とは似ても似つかない、ただのゲーム好きの悪ガキだった。
そこから、俺たちの謎の交流が始まった。
「奢るから、今の無敵割り込みのタイミング教えなさいよ」と結衣に引きずられるようにしてファミレスに行き、ドリンクバーのメロンソーダと烏龍茶を混ぜた謎の液体(結衣作・命名『沼水』)を飲まされながら、俺たちは閉店時間までゲームの話で盛り上がった。
「でさー、あの判定はおかしいわけよ! 私のキックが先に入ってたでしょ!」
「いやいや、俺の筋肉のアーマー判定が勝ってたからな。お前のキックなんざ蚊が止まったようなもんだ」
「はー? 次は絶対ボコボコにしてやる。泣いて謝っても許さないからね」
「おう、望むところだ。返り討ちにしてやるよ」
会話のテンポ、煽り合いの心地よさ、お互いに気を使わない空気感。
まるで小学生のガキ大将同士が意気投合したかのような、完璧な波長の一致だった。
この日、俺は彼女の中に『高嶺の花』ではなく、『最高の悪友』を見出したのだ。

「というわけで、本日の昼食はこの『特盛唐揚げマヨ丼・温玉のせ』に決定しました」
大学の学食。向かいの席に座る結衣が、顔のサイズほどある巨大などんぶりを両手で掲げてドヤ顔を決めている。
彼女の細い体のどこにそんなカロリーが消えていくのか、人体最大のミステリーである。
「お前、朝もパン三つ食ってたよな? 胃袋がブラックホールと直結してんのか?」
「失礼な。これは脳に栄養を行き渡らせるための神聖な儀式だよ。午後から鬼のゼミがあるんだから」
「栄養の暴力だろうが。ほら、口の横にマヨネーズついてんぞ」
「ん、どこ?」
「右、いや左だ。あーもう、貸せ」
俺はテーブルの紙ナプキンを手に取り、無防備に顔を突き出してきた結衣の口元をゴシゴシと拭いた。
「んふふ、ありがと。相葉はおかんみたいで助かるわー」
「誰がおかんだ。お前がだらしねえだけだろうが。ちょっとは女子力ってものをだな……」
「女子力? ああ、アレね。昨日メルカリで売った」
「売るな! つーかいくらで売れたんだよそれ!」
「300円。送料込み」
「安っ! お前の女子力、牛丼一杯にも満たねえのかよ!」
息をするようにボケる結衣と、反射神経でツッコミを入れる俺。もはやこれが俺たちの日常のデフォルトになっていた。
「……お前ら、またやってんのか」
呆れたような声とともに、共通の友人である佐藤がトレイを持って俺たちのテーブルにやってきた。
「なんだ佐藤。お前も『沼水』飲むか? ドリンクバーで調合してくるけど」
「いらんわ! 結衣ちゃんのその奇行にも慣れたけどさ……お前ら、ほんといつ見ても夫婦漫才やってんな。もう付き合っちゃえば?」
佐藤の言葉に、俺と結衣は顔を見合わせた。そして、示し合わせたように同時に鼻で笑う。
「「ないないない」」
「息ぴったりかよ」
「いや、佐藤。お前分かってないな。俺と結衣は『最高のダチ』なの。性別とかいう概念を超越した、ソウルブラザー的な存在なんだよ」
「そうそう。相葉のことは『毛深いメス』だと思ってるし、私は『ヒゲの生えないオス』だから」
「お前の中で俺はどういう生命体になってんだよ! つーか俺はオスだわ!」
俺がツッコむと、結衣は唐揚げを頬張りながらケラケラと笑った。
周囲からは「あいつら絶対付き合ってるだろ」とヒソヒソ噂されているのは知っている。だが、俺たちの間には色恋沙汰なんて微塵もない。一緒にいて最高に楽しくて、気を使わなくていい。男同士の友情にも似た、この心地よい関係がずっと続けばいいと、俺は本気で思っていた。
「あー、やられた! クッソ、今のエイムずれた!」
「はい雑魚ー! 結衣さんの華麗なスナイパーライフルの前にひれ伏すがいい!」
俺のボロアパートの四畳半。時計の針は深夜一時を回っていた。
テレビ画面にはFPSゲームのキルカメラが映し出され、結衣がコントローラーを天に掲げて勝利の舞を踊っている。
週末、俺の部屋に集まってゲームをしながら宅飲みをするのは、すでに恒例行事となっていた。
「お前、マジで性格悪い立ち回りするよな。あんな隙間に芋ってるとか」
「勝てば官軍! 敗者は勝者にビールを注ぐ義務があるのだ。ほれほれ、グラスが空だぞ」
「はいはい、結衣様」
俺は冷蔵庫から発泡酒を取り出し、あぐらをかいている結衣のグラスに注いだ。結衣は「くぅーっ!」とオッサンくさい声を上げて一気飲みする。
「てかお前、終電とっくにねえぞ。どうすんだよ」
「え? 泊まるに決まってんじゃん。相葉のベッドの右半分、私の領地でしょ?」
「いつから俺のベッドが割譲されたんだよ……。お前な、一応は年頃の女なんだから、男の部屋に無警戒に泊まるとかどうなんだ」
「はあ? 男って誰のこと?」
「俺だよ! ここに俺以外の誰がいるんだよ!」
「え、相葉って男だったの? 筋肉ダルマの妖精かと思ってた」
「妖精にビール注がせてんじゃねえよ!」
結衣は呆れたように息を吐き、俺の肩をバンバンと叩いた。
「心配すんなって。相葉が私に手を出さないことくらい、私が一番分かってんの。ダチだろ、私たち」
「……まあ、そりゃそうだけどよ」
「だーかーら、性別なんて関係ないの。ほら、次のマッチ始まるよ! 今日は朝まで寝かせないからね!」
そう言って無邪気に笑う結衣の顔は、ほんのりとアルコールで赤く染まっていた。
スウェット姿で、髪も適当にまとめられているだけ。それでも、至近距離で見る彼女の横顔は、悔しいくらいに整っている。
「……ん? なに、私の顔にマヨネーズでもついてる?」
「いや、なんでもねえ。次こそボコボコにしてやるからな」
俺は慌てて画面に視線を戻した。
こいつはダチだ。最高の悪友だ。
俺の胸の奥で一瞬だけ跳ねた心臓の音は、きっとゲームの緊張感のせいだ。そう、絶対にそうだ。俺は必死に自分に言い聞かせながら、コントローラーを強く握りしめた。
季節は秋に差し掛かり、大学構内のイチョウ並木が黄色く色づき始めた頃。
俺は講義の空き時間に、中庭のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。
「あー、暇だ。結衣のやつ、今日はゼミの発表の準備とか言ってたな……」
一人でいると、どうにも手持ち無沙汰だ。いつの間にか、俺の日常の半分以上は結衣で構成されていることに気づく。あいつがいないと、ツッコミのスキルが鈍りそうだ。
そんなことを考えながらぼんやりしていると、遠くの校舎から出てくる二つの人影が目に入った。
「ん……結衣?」
間違いない。いつも俺の隣でアホなことばかり言っている夏目結衣だ。
だが、その隣にいるのは俺ではない。高身長で、爽やかな笑顔を浮かべたイケメン――結衣と同じゼミの、有名な先輩だった。
二人は楽しそうに談笑しながら歩いている。先輩が何か冗談を言ったのか、結衣が口元を押さえて上品に笑った。
「……は?」
俺の口から、無意識にそんな声が漏れた。
なんだよあの笑い方。俺の前じゃ腹抱えて「ギャハハ」って笑うくせに、なんであんな『女の子』みたいな顔してんだよ。
しかも、先輩が結衣の頭にポンと手を乗せた。結衣は嫌がる素振りも見せず、少し恥ずかしそうに下を向いている。
「おいおいおいおい、なんだあれ。聞いてねえぞ」
缶コーヒーを握る手に、ギリッと力が入る。
胸の奥に、真っ黒でドロドロとした何かが渦巻くのを感じた。
あいつは俺のダチだ。最高の親友だ。だったら、あいつに彼氏ができようが、好きな奴ができようが、笑って応援してやるのがダチの役目だろ。
頭では分かっているのに、感情が全く追いつかない。
「……なんで俺のダチが、他の男とあんな楽しそうに笑ってんだよ」
理不尽な怒り。見苦しい感情。
それが『嫉妬』と呼ばれるものであることに、俺は気づかないふりをした。
その日の夜、俺は結衣からの「今日ゲームしよーぜ!」というLINEを、「ごめん、今日はバイトで疲れた」と、初めて既読スルーに近いくらいの冷たい返事で断ってしまった。
画面の向こうで、結衣がどんな顔をしているのか想像したくもなかった。友情という都合のいい箱から、何かがはみ出そうとしているのを、必死に蓋をして押さえつけていた。

数日後。どこか気まずい空気を引きずったまま、俺たちはいつものように俺のアパートで宅飲みをしていた。
結衣は先日のことなど全く気にしていない様子で、俺が買ってきたポテトチップスをバリバリと食べている。
「でさー、その先輩が『夏目さんって意外と可愛いところあるよね』とか言い出してさー。マジ寒気したわー」
「……へえ、そうなんだ」
「なにその生返事。相葉、今日ノリ悪くない? おかんに怒られた反抗期の中学生かよ」
「誰が中学生だ。お前が一人で喋り続けてるから相槌打ってただけだろ」
俺の少し棘のある言い方に、結衣はピタリと動きを止めた。
「……相葉、なんか怒ってる?」
「怒ってねえよ」
「嘘だね。私には分かる。ダチを舐めるなよ」
結衣は俺の顔をじっと覗き込んできた。その真っ直ぐな瞳に見つめられると、俺の心の中のモヤモヤが見透かされているようで、たまらなく居心地が悪かった。
「……お前さ、あの先輩のこと、どう思ってんの」
「え? 先輩? うーん……ウザい。やたら頭撫でてくるし、私のパーソナルスペースに土足で踏み込んでくる感じが無理」
「……え、そうなの?」
「そうだよ。だから適当に愛想笑いして逃げてきたんじゃん。私がああいうキザなタイプ苦手なの、相葉なら知ってるでしょ」
俺はポカンと口を開けた。
あの上品な笑いは、愛想笑いだったのか。嫌がっていないように見えたのは、ただの処世術だったのか。
途端に、胸の中に渦巻いていた黒いドロドロが、嘘みたいに晴れていくのを感じた。
「なんだよ、それならそうと早く言えよ……」
「は? 何が?」
「いや、なんでもない! ほら、飲むぞ!」
俺がヤケクソ気味に缶チューハイを煽ると、結衣は「変な奴」と呟きながら、自分もぐびぐびと酒を飲んだ。
それから数時間後。
「あー……もう飲めなーい……」
結衣はすっかり出来上がり、カーペットの上に寝転がっていた。
「おい、風邪ひくぞ。ベッドで寝ろ」
「んー……相葉が運んでぇ……」
「俺はお前の召使いかよ」
文句を言いつつ、俺は結衣を抱き起こそうとした。
その時、結衣の顔が俺の胸元に寄りかかってきた。
トクトクと、彼女の小さな寝息が俺の鎖骨のあたりに当たる。ほんのりと香るシャンプーの匂いと、アルコールの甘い香り。
長いまつ毛、少し開いた無防備な唇。
「……っ」
俺の心臓が、今までにないほどの早鐘を打った。
うるさい。自分の鼓動がうるさすぎる。
こいつはダチだ。親友だ。今までずっとそう思ってきた。
だけど、今、腕の中にいる結衣を、俺は『女』として見ている。
「……反則だろ、お前」
寝静まった部屋に、俺の誰にも聞こえない独り言が溶けていった。俺はもう、この感情をごまかせないところまで来ていることを、はっきりと自覚した。

夏休み真っ只中。地元の神社で開催される夏祭りに、俺と結衣は来ていた。
「おい相葉! あそこのたこ焼き、行列できてる! 絶対美味いやつだ!」
「お前、さっき焼きそばとフランクフルト食ったばっかだろうが! 少しは胃袋休ませろ!」
「祭りのカロリーは空気中に霧散するからゼロカロリーなの! ほら、行くよ!」
俺の腕を引っ張って屋台に向かう結衣。
今日の結衣は、いつもと違った。紺色の生地に朝顔が描かれた浴衣を着て、髪も綺麗にアップにまとめている。
待ち合わせ場所に現れた彼女を見た瞬間、俺は息を呑むほど見惚れてしまい、「どうしたの? 腹でも痛い?」と心配される始末だった。
「ほれ、あーん」
「んぐっ」
たこ焼きを買うなり、結衣は爪楊枝に刺したアツアツのたこ焼きを俺の口に放り込んできた。
「あっち! おま、殺す気か!」
「アハハ! 相葉の顔、マジウケる!」
ケラケラと笑う結衣。その笑顔はいつもと同じはずなのに、浴衣姿のせいか、やけに色っぽく見えて困る。
夜空に、ドーンという大きな音が響いた。
花火だ。色とりどりの光が、夜空をキャンバスにして咲き乱れる。
周囲の客たちが歓声を上げ、花火が見える方向へと歩き出した。
俺と結衣も、少し人混みから離れた神社の裏手にある石段に腰を下ろし、花火を見上げた。
「……綺麗だね」
結衣がぽつりと呟いた。花火の光が、彼女の横顔を照らし出す。
今だ。今しかない。
俺は、膝の上に置いた両手を強く握りしめた。
「なあ、結衣」
「ん?」
「俺たち、最高のダチだよな」
「なに急に。当たり前でしょ。今更確認すること?」
結衣は不思議そうに首を傾げた。
「……俺さ、お前のこと、親友だと思ってた。一緒にいてバカやって、腹抱えて笑って。それが一番だと思ってた」
「相葉……?」
俺の真剣な声のトーンに、結衣も冗談めかした態度を消し、俺の顔を見つめ返した。
「でも、気づいたんだよ。お前が他の男と笑ってるのを見て、気が狂いそうなくらい腹が立った。お前の寝顔を見て、誰にも見せたくないって思った」
「それって……」
「俺、お前のこと好きだわ。ダチとしてじゃなくて、一人の女として」
ドーン、と一際大きな花火が上がった。
沈黙が降りる。結衣は目を見開いたまま、何も言わない。
やっちまったか。今の関係を壊したくなくてずっと飲み込んできた言葉を、ついに口にしてしまった。
フラれたら、もう明日からどういう顔をして会えばいいのか分からない。
「……相葉の、バカ」
結衣が、ぽつりと呟いた。見ると、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
「えっ、ちょ、なんで泣くんだよ!」
「バカ! 遅いんだよ! 私がどれだけ待ってたと思ってんの!」
「……は?」
結衣は、俺の胸元をポカポカと叩きながら、鼻をすすった。
「私だって……ずっと前から、相葉のことが好きだったよ。でも、相葉が『最高のダチ』なんて言うから、私もそれに合わせるしかなかったじゃん……!」
俺は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
こいつも、俺と同じ気持ちだったのか。
「結衣……」
俺は、胸を叩く結衣の小さな手を掴み、そのまま彼女を強く抱きしめた。
「……ごめん。俺がヘタレだった。もう、ダチなんて呼ばねえ。俺の彼女になってくれ」
「……うん。よろしく、相葉」
花火の音に隠れるように、俺たちは不器用に、初めてのキスをした。
「というわけで、本日の昼食も『特盛唐揚げマヨ丼・温玉のせ』に決定しました!」
「お前、彼氏ができたっていうのに少しは可愛くサラダとか食おうって気はねえのか」
「彼氏? 誰のこと? 私の目の前にいるのは、筋肉ダルマのツッコミマシーンでしょ?」
「上等だ、その唐揚げ全部俺の胃袋にぶち込んでやるからな」
大学の学食。
俺たちのやり取りは、一見すると今までと何も変わっていないように見える。
相変わらず結衣は息をするようにボケるし、俺は過労死寸前の勢いでツッコミを入れている。
「お前ら……ほんと変わんねえな」
トレイを持ってきた佐藤が、呆れたように俺たちの向かいに座った。
「あれ? お前ら付き合い始めたって噂、マジじゃないのか?」
「マジだよ」
俺が即答すると、佐藤は目を丸くした。
「え!? マジで!? じゃあなんでそんな今まで通りなんだよ! もっとこう、イチャイチャとかさぁ!」
「バカ言え。俺たちは『最高のダチ』を経て、ネクストステージに昇格したんだ。ベースにあるのは強固な信頼関係と笑いのセンスだからな。イチャイチャなんて小っ恥ずかしいことできるか」
俺がそう言うと、結衣は唐揚げをモグモグと噛みながら、テーブルの下でスッと俺の手に自分の手を重ねてきた。
「えっ」
驚いて結衣を見ると、彼女は佐藤には見えない角度で、俺に向かってウィンクをした。
テーブルの上では平然とした顔をして男友達のようなノリを出しつつ、テーブルの下ではしっかりと恋人繋ぎで俺の手を握りしめている。
その体温の温かさと、秘密の共有感に、俺の顔が一気に熱くなる。
「おい相葉、お前顔真っ赤だぞ。熱でもあんのか?」
「なっ、なんでもねえよ! 唐揚げが熱かっただけだ!」
「お前唐揚げ食ってねえだろ」
「うるせえ! 気のせいだ!」
俺がテンパっていると、結衣は楽しそうにクスクスと笑った。
「ダチから彼女に昇格した感想は?」
帰り道、夕日に照らされたイチョウ並木を歩きながら、結衣が俺を見上げて聞いてきた。
今度は隠れる必要もなく、俺たちは堂々と手をつないでいる。肩を組んで歩いていた頃よりも、ほんの少しだけ距離が近い。
「……最高だな。ツッコミのやりがいがある彼女で、俺は幸せ者だよ」
「ふふっ。私も、私のボケを全部拾ってくれる彼氏ができて最高」
俺たちは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
恋人という新しい関係になっても、俺たちの根底にあるものは変わらない。
一緒にいて楽しくて、居心地が良くて、世界で一番気の合う相手。
「最高のダチ」だった俺たちは、これからは「最高のカップル」として、この笑いの絶えない日々を歩んでいくのだ。
繋いだ手から伝わる鼓動が、もう友情なんかじゃないことを、俺たちは確かに感じていた。