タイトル:『俺の親友(♀)が距離感バグってて最高すぎる件について』
「……おいおいおい、嘘だろ。ここでそのコンボ入るのかよ!」
駅前の少し薄暗くてタバコ臭い、昔ながらのゲームセンター。俺、相沢悠太(あいざわゆうた)は、アーケードの格闘ゲーム筐体の前で頭を抱えていた。
画面の中では、俺の操る屈強なキャラクターが、相手の怒涛の連続攻撃を食らって空中に浮いたまま為す術もなくK.O.されている。
これで三連敗だ。しかも、相手はさっきから同じ台に乱入してきた見知らぬプレイヤー。プレイングがとにかくエグい。隙を見せれば即座に狩られ、ガードを固めれば投げられる。完膚なきまでの敗北だった。
「くっそ……どんなゴリラがプレイしてんだよ」
思わず愚痴をこぼしながら、対戦相手の顔を拝んでやろうと筐体の反対側へ回り込んだ。そこに座っていたのは、腕毛の濃いガチムチの男……ではなく。
「……え?」
「ん? なんだよ、文句あんのか?」
金髪のメッシュが入ったショートボブ。大きめのパーカーをだぼっと着こなした、どう見ても俺と同い年くらいの『女子』だった。大きな瞳でこちらをジロリと睨みつけてくる。
「……女?」
「女で悪かったな。夏目凛(なつめりん)だ。つーかお前、ガード甘すぎ。あそこは下段ガードから反撃の確定ポイントだろ。基礎からやり直してこい」
初対面だというのに、一切の遠慮がないダメ出し。普通ならムッとするところだが、あまりにも堂々とした態度と的確な指摘に、俺は不思議と怒りを感じなかった。むしろ、ゲーマーとしての闘争心に火が点いた。
「俺は相沢悠太。……今のナシだ! もう一回勝負しろ!」
「はっ、上等。百円玉が尽きるまでボコボコにしてやるよ」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる凛。そこから俺たちの終わりなき死闘が始まった。
結果として、俺の財布から千円札が消え去った頃には、すっかり意気投合していた。ゲームの合間に交わした会話で、なんと俺たちが同じ大学の同じ経済学部の新入生であることが判明したのだ。
「マジかよ、同じ学部か。じゃあ明日からの地獄の必修講義も一緒ってことか」
「うげぇ、マジか。でも、ノート見せてくれるパシリができたと思えば悪くないね」
「誰がパシリだ! お前が俺にノート見せるんだよ!」
「バカ言え、私のノートは暗号解読レベルで読解不可能だぞ。自慢じゃないが」
「自慢すんな!」
ゲーセンを出た後、俺たちは自然な流れで近くのラーメン屋に入り、ニンニク増しのラーメンをすすりながらバカ笑いした。
「お前、女のくせにニンニク増しとか平気なのかよ」
「あ? 美味いもの食うのに性別関係あるか。匂いなんてブレスケア飲めば一発だろ」
「男前すぎるだろ……」
「褒め言葉として受け取っとくわ。……よし、決めた。悠太、お前今日から私のダチな」
凛はラーメンのスープを飲み干し、口元を拭いながら俺を指差した。
「ダチって……まあ、いいけどよ。俺も気楽でいいわ」
「おし! じゃあこれからもよろしくな、親友!」
「おう、よろしく!」
こうして、俺と凛の「最高の友情」は幕を開けた。相手が女だという意識は、この時点で完全に宇宙の彼方へ吹き飛んでいたのだった。

「おい、ちょっと待て。俺の唐揚げが一つ消失しているんだが?」
大学の学食。喧騒に包まれた昼休みのテーブルで、俺は自分の定食の皿を指差して声を荒げた。五個あったはずの唐揚げが、どう数えても四個しかない。
俺の目の前に座る凛は、もぐもぐと口を動かしながら、まったく悪びれる様子もなく答えた。
「ん? ああ、それなら私の胃袋という名のブラックホールに吸い込まれたよ」
「吸い込まれたじゃねえ! お前が自分の箸で物理的に強奪したんだろうが!」
「隙を見せる方が悪い。サバンナでは油断した草食動物から食われるんだよ。弱肉強食のルールだ」
「ここは大学の学食だ! サバンナじゃねえ! 返せ俺の肉!」
「もう消化器官の旅に出発したから無理。諦めろ」
ケラケラと笑う凛の額に、俺は軽くチョップを落とした。
「いって! なにすんのさ!」
「正当防衛だ。お前は可愛い顔して中身がジャイアンすぎるんだよ」
「……ん? 今、可愛いって言った? 私のこと可愛いって言った?」
凛がニヤニヤしながら身を乗り出してくる。
「言ってねえよ! 言葉の綾だ、綾! 耳鼻科行ってこい!」
「照れんなよ〜。親友の可愛さに気づいちゃった? えへへ」
「うぜぇ! そのドヤ顔マジでうぜぇ!」
俺たちがギャーギャーと騒いでいると、隣に座っていた友人のタカシが、呆れたようなため息をつきながら口を挟んできた。
「お前らさぁ……毎日毎日、ほんと飽きないよな。夫婦漫才かよ」
「「は?」」
俺と凛の声が見事にハモる。
「いや、だからさ。傍から見てると完全にバカップルなんだよ、お前ら。もう付き合っちゃえばいいのに」
タカシの言葉に、俺と凛は顔を見合わせ、そして同時に吹き出した。
「ぶっ! アハハハハ! おいタカシ、お前眼科行った方がいいぞ! こいつと付き合うとか、罰ゲームでもキツいわ!」
「そうそう! 悠太なんてただのゲーム仲間のゴリラだし。私がいなきゃ必修の単位も落とすようなポンコツだぞ? 恋愛対象とか天地がひっくり返ってもありえないっつーの」
「ゴリラは余計だろ!」
俺は凛の肩をバンバンと叩き、凛も俺の背中をバシバシと叩き返す。
「痛えな! 力加減考えろよ男ゴリラ!」
「お前こそ女の腕力じゃねえだろメスゴリラ!」
タカシは「はいはい、ごちそうさま……」と疲れた顔で味噌汁をすすっていた。
周りからどう見られようが関係ない。俺たちは「親友」なのだ。気の置けない悪友。一緒にいてこれほど楽で、呼吸をするようにボケとツッコミが成立する相手は、これまでの人生で凛以外にいなかった。
だからこそ、この関係が「男女の恋愛」なんていう陳腐な枠に収まるはずがないと、俺たちは本気で信じて疑っていなかった。
「あ、悠太。今日の放課後、お前の家でスマブラやろうぜ。新作のDLCキャラ試したい」
「お、いいぜ。来る途中でコンビニ寄ってポテチとコーラ買ってこいよ」
「割り勘な!」
「当たり前だろ!」
こうして、今日も俺たちの最高にくだらなくて楽しい日常が過ぎていくのだった。
「あー……やっちまった。終電逃したわ」
深夜1時。俺のアパートの散らかった部屋で、スマホの画面を見つめながら凛が間の抜けた声を出した。
「お前、時間見ろって言っただろ! ゲームに夢中になりすぎなんだよ」
「仕方ないじゃん! あと一戦でランク上がるってとこだったんだから!」
コントローラーを放り投げ、凛は俺のベッドにダイブしてゴロゴロと転がった。
「で、どうすんの。タクシーで帰るか?」
「えー、金もったいない。……悠太、泊めて」
「お前な……いくら親友とはいえ、年頃の男の部屋に無警戒に泊まるってどうなんだよ」
「は? お前のこと男だなんて思ってないから安心しろ。その辺の電柱と同じだわ。電柱に貞操の危機感じる奴いないっしょ?」
「電柱に失礼だろ。少しは俺の尊厳も考えろ」
呆れながらも、俺はクローゼットから自分のジャージを引っ張り出して凛に投げつけた。
「ほら、風呂入ってこい。汗臭い電柱は嫌だろ」
「サンキュ。お前、ほんと気が利くお母さんみたいだな」
「誰がお母さんだ!」
しばらくして、シャワールームから出てきた凛を見て、俺は思わず息を呑んだ。
ブカブカの俺のジャージを着た凛。濡れた髪をタオルで拭きながら無防備に首筋を晒している。いつもは元気いっぱいの悪友が、ふとした瞬間に見せる「女の子」のシルエット。洗剤と少し甘いシャンプーの匂いが部屋に広がる。
(……いやいや、落ち着け俺。相手はあの凛だぞ。中身はジャイアンだ)
俺は慌てて視線をテレビ画面に戻し、平静を装った。
「あー、さっぱりした。で、寝床はどうすんの?」
「俺は床に布団敷いて寝るから、お前はベッド使え」
「え? 床とか体痛くなるっしょ。いいよ、ベッド広いし一緒に寝ようぜ」
「はぁ!?」
「何ビビってんの。背中合わせで寝れば問題ないじゃん。修学旅行のノリだ、ノリ」
凛はあっけらかんと言い放ち、さっさとベッドの半分を占領して毛布に包まった。
「……お前、マジで距離感バグってんな」
ぶつぶつ文句を言いながらも、これ以上言い争うのも面倒になり、俺は部屋の電気を消してベッドの空いているスペースに潜り込んだ。
背中合わせの体勢。しかし、シングルベッドより少し広いくらいのサイズでは、どうしてもお互いの背中が触れ合ってしまう。
シャツ越しに伝わってくる、凛の柔らかくて温かい体温。
「……なぁ、悠太」
暗闇の中で、凛がポツリと呟いた。
「なんだよ」
「今日、楽しかったな」
「……ゲームで俺をボコボコにしたからだろ」
「へへっ、それもある。でも……お前と一緒にいると、なんか落ち着くんだよね。ほんと、最高の親友だわ」
その無邪気な言葉に、俺の胸の奥がチクリと痛んだ。
「……そうだな。俺もだ」
親友。そう、俺たちは最高の親友だ。だからこのドキドキは、ただの錯覚だ。絶対にそうだ。
俺は自分にそう言い聞かせながら、背中から伝わる凛の体温に神経を集中させないよう、必死に羊を数え始めた。
秋風が心地よい10月の午後。大学の中庭で、俺は自販機で買った缶コーヒーを二つ持ちながら凛を探していた。
「あいつ、次の講義サボる気か……?」
キョロキョロと辺りを見回していると、校舎の裏手、少し人通りの少ない場所で凛の後ろ姿を見つけた。
「おーい、凛——」
声をかけようとした瞬間、俺は立ち止まった。凛の目の前に、長身で爽やかなイケメンが立っていたのだ。あれは確か、凛が所属しているフットサルサークルの先輩だ。
二人のただならぬ雰囲気に、俺は思わず近くの柱の陰に身を隠してしまった。
「夏目さん。前からずっと言おうと思ってたんだけど……僕と、付き合ってくれないかな」
先輩の真っ直ぐな告白。隠れ聞きしている俺の心臓が、なぜかドクンと大きく跳ねた。
(……マジか。凛が告白されてる)
頭では「親友がモテてめでたい」と思おうとしているのに、なぜか胸の奥がザワザワして、胃の辺りが重くなる。
凛は少し驚いたような顔をした後、困ったように眉を下げた。
「先輩、ごめんなさい。私、今はそういうの……誰かと付き合うとか、考えられなくて」
「それって……いつも一緒にいる、相沢くんのことが好きだから?」
先輩の問いかけに、俺は息を止めた。
凛はきょとんとした後、笑って手を振った。
「え? 悠太ですか? ないない! あいつはただの親友ですよ。男とかそういう対象じゃなくて、もう家族みたいなもんで。だから、そういうのじゃないんです。本当にごめんなさい」
凛のきっぱりとした言葉に、先輩は諦めたように笑って去っていった。
その後ろ姿を見送る凛の元へ、俺は作り笑いを浮かべながら歩み寄った。
「よぉ、モテモテじゃんか。もったいねー、あんなイケメン振るなんて」
わざと茶化すように言うと、凛は振り返って俺を睨みつけた。
「……お前、見てたのかよ。悪趣味だな」
「たまたま通りかかっただけだっつーの。親友としては、お前が幸せになるなら応援してやるぞ? なんなら俺がキューピッドに……」
「痛っ!!」
俺の言葉の途中で、凛のローキックが俺のすねにクリーンヒットした。
「な、何すんだよ!」
「お前がムカつくこと言うからだろ! 私が他の男と付き合ってもいいってか!?」
「は? そりゃ……親友の幸せは俺の幸せだろ」
俺がそう言うと、凛はみるみるうちに不機嫌な顔になり、ギリッと唇を噛んだ。
「……お前のそういう鈍感なところ、マジで腹立つ。最低」
「おい、なんで怒って——」
「話しかけんな、バカ悠太!」
凛は俺の手から缶コーヒーをひったくると、ズカズカと足音を立てて歩き去ってしまった。
取り残された俺は、すねの痛みをさすりながら、自分の心の中に渦巻く正体不明のイライラを持て余していた。
凛があの先輩と付き合うことを想像すると、胸の奥が焼け焦げるように痛む。親友が他の男のものになるのが嫌だなんて、そんなの、ただの独占欲だろ。
「……親友、なんだよな。俺たち」
誰に問うでもなく呟いた言葉は、空虚に響いて秋の風に消えていった。
それから数日、俺と凛の間に妙な気まずさが漂っていた。
いつもなら息をするように交わされるLINEのスタンプ連打もなくなり、大学で顔を合わせても、お互いにどこかよそよそしい。
そんなある日、凛が大学を欠席した。
『熱出た。死ぬ』
そんな短いメッセージが送られてきたのを見て、俺は居ても立っても居られず、講義が終わるや否やスーパーでポカリスエットとゼリー、それに消化に良さそうな食材を買い込み、凛のアパートへ向かった。
インターホンを鳴らすと、しばらくしてガチャリとドアが開いた。
「……なんだよ、お前か」
パジャマ姿でフラフラと立っている凛は、顔が真っ赤で息も荒かった。
「お前かはないだろ。親友が死にそうだって言うから、わざわざ看病に来てやったんだぞ」
「……うざ。でも、サンキュ」
凛はそのままベッドに倒れ込んだ。俺はため息をつきながらキッチンに立ち、不器用ながらもスマホでレシピを検索して卵粥を作った。
「ほら、起きろ。少しでも腹に入れとけ」
ベッドの脇に座り、お粥を差し出す。凛は体を起こし、フーフーと息を吹きかけながらゆっくりとお粥を口に運んだ。
「……ん、意外と美味い。お前、料理の才能あるかもな」
「だろ? 感謝しろよ」
軽口を叩き合うが、いつものようなテンションはない。
食べ終わった後、薬を飲んで再びベッドに横になった凛は、熱で潤んだ瞳でじっと俺を見つめてきた。
「……お前さ」
「ん?」
「なんでそんなに優しいの。この前、あんなにひどいこと言ったのに」
「バカか。親友が弱ってんのに放っておけるわけないだろ」
俺がいつものように「親友」という言葉を使うと、凛は少しだけ悲しそうに目を伏せた。
「……またそれかよ。親友、親友って。お前は本当に……バカだ」
「なんだよ、病人のくせに文句多いな」
「……帰るなよ」
凛が布団の中から手を伸ばし、俺のジャージの袖をギュッと掴んだ。その手は小さくて、微かに震えていた。
「……おう。お前が寝るまでいてやるよ」
俺はベッドの傍らの床に座り込み、凛の熱いおでこに冷えピタを貼ってやった。
「冷たっ……気持ちいい」
「早く寝ろ」
やがて、凛の寝息が規則正しくなり、すっかり熟睡したことがわかっても、俺はその場を動けなかった。
袖を掴む凛の手は離れない。俺は、眠っている凛の顔をまじまじと見つめた。
少し赤らんだ頬、長いまつ毛、いつもは憎まれ口を叩く小さな唇。
(……可愛いな)
その瞬間、俺の中の何かが完全に音を立てて崩れ落ちた。
親友? 違う。俺はこいつのことが好きなんだ。こいつが他の男と笑い合っているのを見るのが耐えられない。こいつの隣にいるのは、他の誰でもない、俺じゃなきゃ嫌だ。
ずっと「親友」という都合のいい言葉で、自分の本当の気持ちに蓋をしていただけだったのだ。
「……遅すぎだろ、俺」
静かな部屋の中で、俺は自分の不甲斐なさに苦笑いしながら、凛の小さな手を優しく握り返した。

凛が風邪から完全復活してから三日後。
俺は凛を、大学の近くにある夜の公園に呼び出した。オレンジ色の街灯が、ブランコやジャングルジムを薄暗く照らしている。
缶コーヒーを二つ買い、一つを凛に投げて渡した。
「おっと。なんだよ、急に呼び出して。またゲームの対戦か?」
凛はいつものように明るい声で言いながら、ブランコに腰を下ろして缶のプルタブを開けた。
「いや、ゲームじゃねえ」
俺は隣のブランコに座り、一口コーヒーを飲んでから、大きく深呼吸をした。心臓が早鐘のように鳴っている。手汗がすごい。
「あのさ、凛」
「んー?」
「俺たち、親友やめようぜ」
その言葉に、凛の動きがピタリと止まった。
缶コーヒーを持つ手が微かに震え、凛は信じられないものを見るような目で俺を見上げた。
「……え? は? 何言ってんの? 私、なんか怒らせるようなことした? もしこの前のことで怒ってんなら、謝るから……」
いつになく焦った様子で言葉を紡ぐ凛を見て、俺は首を横に振った。
「違う。お前は何も悪くない。ただ……俺が、限界なんだよ」
「限界って……」
俺は立ち上がり、凛の目の前に立って、その目を真っ直ぐに見つめ返した。
「俺、お前のこと、ただの親友として見られなくなった。お前が他の男と話してるのを見るだけで腹が立つし、お前が風邪で弱ってるのを見たら、守ってやりたいって本気で思った。……お前の隣は、俺の特等席だろ」
「悠太……」
凛の目が大きく見開かれ、その瞳に涙が滲んでいくのが見えた。
「親友なんて都合のいい言葉で逃げるのはもうやめる。俺はお前が好きだ。……だから、俺の彼女になれ」
静まり返った公園に、俺の声だけが響いた。
数秒の沈黙が、永遠のように感じられた。
やがて、凛はポロポロと涙をこぼしながら、プッと吹き出した。
「……ぶっ、アハハハ! なにそれ、告白のセリフ、クソダサいんだけど!」
「なっ! 人がせっかく一生懸命決めたのに笑うなよ!」
「だって……遅い、遅すぎるよ、バカ悠太!」
凛は立ち上がると、俺の胸にドンッと頭をぶつけてきた。
「私なんて……ずっと、ずっと前からお前のこと好きだったのに。お前が『親友、親友』ってバリア張るから、私もそれに合わせるしかなかったんじゃないか……!」
俺の胸に顔を埋めたまま、凛は泣きじゃくりながら文句を言い続けた。
「……悪かったよ。俺が超絶鈍感なバカだった」
「ほんとだよ、このゴリラ」
「でも、これからは親友じゃなくて、彼氏としてお前の隣にいるから」
俺がそう言って凛の背中に手を回すと、凛は少しだけ顔を上げて、真っ赤な顔で笑った。
「……しょうがないな。私の彼氏にしてやるよ。その代わり、これからも私を楽しませろよな、相棒」
「相棒じゃねえ、彼氏だっての」
こうして、俺たちの「最高の友情」は終わりを告げ、新しくて少しだけ照れくさい関係が始まったのだった。

日曜日。駅前の待ち合わせスポット。
今日は俺たちが「恋人」として付き合い始めてから、初めてのデートの日だった。
「……おせーな、あいつ」
スマホで時間を確認していると、「ごめん、待たせた!」という声と共に凛が走ってきた。
振り返った俺は、思わず目を丸くした。
いつもはパーカーにデニムというボーイッシュな格好ばかりの凛が、今日は淡い色のニットに、少し丈の短いスカートを穿いていたのだ。少しだけメイクもしているようで、いつもより大人っぽく見える。
「……なんだよ、その顔。変か?」
凛が恥ずかしそうにスカートの裾をいじる。
「いや、変じゃない。……というか、可愛すぎるだろ。誰だお前」
「誰だはないだろ! 彼女がせっかく気合い入れてきたんだから、もっと気の利いたこと言え!」
「痛っ! 蹴んな!」
照れ隠しで蹴りを入れてくる凛。付き合い始めても、この乱暴なところは相変わらずだ。
「ほら、行くぞ。映画の時間遅れる」
歩き出そうとする凛の隣に並び、俺は右手を少しだけ持ち上げた。
(デートなんだから、手を……繋ぐべきだよな?)
しかし、今まで肩を組んだり背中を叩き合ったりは散々してきたのに、「手を繋ぐ」という恋人らしいスキンシップとなると、途端にハードルがエベレスト級に跳ね上がる。
俺が不自然に手をプラプラさせていると、凛も何かを察したのか、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「……おい、手」
「……え?」
「手、出せよ。繋がないと迷子になるだろ」
凛がぶっきらぼうに言いながら、自分の左手を差し出してきた。
「……お前は小学生か」
俺は悪態をつきながらも、その小さな手をそっと握った。
お互いの手のひらから、じんわりと熱が伝わってくる。手汗をかいていないか、そればかりが気になって心臓が爆発しそうだ。
「……なんか、きもいな。私たち」
凛がポツリと呟いた。
「お前が言うな! こっちだって心臓バクバクで死にそうなんだよ!」
「奇遇だな、私もだ。なんか照れくさすぎて笑えてきた」
「アハハ、なんだこれ。罰ゲームかよ」
結局、俺たちは手を繋いだまま、いつものようにバカみたいに笑い合った。
周りから見れば、相変わらず漫才をしているような騒がしいカップルに見えるだろう。でも、それでいい。
「親友」として築き上げてきた絶対的な信頼感と、テンポの良さ。そこに「恋人」としての甘さが加わった今の関係は、控えめに言って最高だ。
「……でも、悪くないな」
俺が繋いだ手に少しだけ力を込めると、凛もギュッと握り返してきた。
「……うん。悪くない。むしろ、最高だわ」
照れくさそうに笑う凛の横顔を見ながら、俺は心の中でガッツポーズをした。
ゲーセンの乱入から始まり、数々のボケとツッコミを経て、俺たちはついにここまで辿り着いた。
俺の親友で、相棒で、そして世界で一番可愛い彼女。
これからも俺たちの日常は、息をするように漫才化しながら、最高に楽しくて甘い日々が続いていくのだろう。