タイトル:『俺の親友(♀)が距離感バグってて最高すぎる件について』
「おい、そこは俺が先だろ」
「はぁ? 何言ってんの。私の右手がこのパッケージに触れたのが、コンマ一秒早かったね!」
高校一年生の春。入学してまだ一週間も経っていない昼休みの購買部で、俺こと相馬悠真(そうまゆうま)は、見知らぬ女子生徒と火花を散らしていた。
俺たちの手が同時に掴んでいるのは、購買で一日限定五個しか販売されないという幻のメニュー『激辛デスソース焼きそばパン』である。なぜそんなゲテモノを奪い合っているのかといえば、単なる好奇心だ。だが、男の意地として引くわけにはいかない。
「大体、お前みたいな小柄な女子がこんな激辛パン食ったら、胃が爆発するぞ。俺が代わりに処理してやるから手を放せ」
「初対面の女子に向かって小柄とは失礼な! 私はこれでも成長期だ! それに、激辛耐性には自信がある。お前こそ、一口食べて涙目で牛乳に逃げるのがオチでしょ!」
目の前で鼻息を荒くしているのは、肩口で切り揃えられたボブヘアと、やけにパッチリとした大きな瞳が特徴的な女子だった。名前も知らないが、やけに負けん気が強い。
「……なら、ここは平和的に解決しようじゃないか」
「ほう? いいだろう。男らしく譲ってくれるってわけね」
「いや、ジャンケンだ」
「ふっ、上等! 私の右手に宿るじゃんけんの神髄、見せてやる!」
周囲の生徒たちが「なんだあいつら」と奇異の目を向ける中、俺たちは購買のおばちゃんの目の前で真剣勝負を繰り広げた。
「最初はグー! じゃんけん、ぽん!」
俺はチョキ。彼女はグー。
「っしゃあ! 見たか私の圧倒的勝利! 運命の女神は私に微笑んだ!」
彼女はガッツポーズを決め、おばちゃんに硬貨を叩きつけて焼きそばパンを強奪した。俺は敗北感に打ちひしがれ、肩を落とす。今日の昼飯は残っていたパサパサのメロンパンか……。
そう思って背を向けようとした瞬間、肩をポンと叩かれた。
「ほれ、敗者にも慈悲を与えよう」
振り返ると、彼女が焼きそばパンを見事に真っ二つに割り、その半分を俺に差し出していた。
「え、いいのか?」
「勝負は勝負だけど、半分こなら平和でしょ? 私は星野結愛(ほしのゆあ)。お前は?」
「……相馬悠真だ。サンキュー、星野」
「結愛でいいよ、悠真! さ、一緒に食べよ!」
そのまま成り行きで、俺たちは中庭のベンチに並んで座ることになった。一口食べた瞬間、想像以上の激辛に俺たちは同時に「「っっっから!!」」と叫び、購買へ牛乳を買いに走る羽目になった。
「あははは! 悠真、顔真っ赤じゃん!」
「お前だって涙目じゃねえか! だから言ったろ!」
口から火を吹きそうになりながら、俺たちはなぜか腹を抱えて笑い合った。
その後、放課後に偶然同じクラスだと判明し(お互い一週間気づいていなかった)、趣味のFPSゲームの話で異常なほど盛り上がり、そのまま一緒に帰ることになった。
これが、俺と結愛の「最高の親友関係」の始まりだった。恋だの愛だのといった甘っちょろい感情は一切ない。俺たちは、ただ純粋に気の合う『男同士のようなダチ』を手に入れたのだ。
「よし、悠真。これでお前も無敵の戦士だ」
「待て待て待て、そのグラスの中で泡立ってる赤黒い液体はなんだ。どう見ても毒沼だろ」
放課後のファミリーレストラン。俺と結愛は向かい合って座り、テーブルには広げられたノートと、大量のフライドポテトが置かれている。一応、来週に迫った中間テストの勉強会という名目なのだが、開始五分で結愛がドリンクバーへと旅立ち、錬金術師のごとく怪しげなオリジナルドリンクを生成して戻ってきた。
「失礼な。これはメロンソーダとコーラとカルピス、そしてエスプレッソを黄金比でブレンドした『結愛スペシャル・魔剤エディション』だよ。徹夜のテスト勉強には必須のアイテムだ」
「その黄金比を考えた奴は味覚が死んでるな。絶対飲まねえぞ」
「えー? 親友がせっかく作ってあげたのに! ほら、一口だけでも! あーん!」
結愛はストローを俺の口元に突きつけてくる。
「いや、お前が一口飲んだストローだろ! 間接キスになるだろが!」
「はぁ? 何言ってんの? 親友同士で間接キスとか意識する方がキモいんですけどー。自意識過剰ですかー?」
結愛はニヤニヤしながら煽ってくる。こいつ、本当に女子としての羞恥心ってもんがないのか。
「うるせえ! お前が平気でも俺が嫌なんだよ! そもそも毒は飲みたくない!」
「ちぇっ、じゃあ私が飲む。……ずずっ。うおっ、不味っ! なにこれ泥水!?」
「だから言っただろうが!」
俺たちが盛大にコントを繰り広げていると、不意に横から声が掛かった。
「あ、相馬くんと星野さん。やっぱり二人は付き合ってるの?」
声をかけてきたのは、クラスメイトの女子グループだった。彼女たちはニヤニヤしながら俺たちを交互に見ている。
俺と結愛は顔を見合わせ、全く同時に息を吸い込んだ。
「「は? ないないない」」
見事なハモリだった。
「いやいや、こいつはただのゲーム仲間兼、俺の人生のボケ担当だから」
「ちょっと待て、お前がツッコミ兼、私の専属パシリでしょ! 誰がボケだ!」
「パシリになった覚えはねえよ!」
俺たちが言い合いを始めると、女子グループは呆れたように顔を見合わせた。
「ふふっ、本当に仲いいよね。まあ、そういうことにしておくね」
彼女たちが去った後、俺はため息をついた。
「やれやれ、これだから恋愛脳の奴らは困る。男女が仲良くしてたらすぐに付き合ってるとか言い出しやがって」
「ほんとそれな! 私は悠真のこと、気の合う親友としか思ってないのに。ねえ、ポテトもう一個頼んでいい?」
「お前、さっきから食ってばっかじゃねえか。勉強しろ」
「親友の奢りなら勉強のモチベも上がるってもんでしょ!」
「誰が奢るって言った!」
結愛と一緒にいると、世界が常にネタで溢れている気がする。気を使わず、思ったことを言い合える関係。これこそが最高の友情だ。俺はこの関係を、誰よりも心地よく感じていた。

「っしゃあ! 合宿だー!!」
夏休みの中盤。俺の家の玄関のドアを勢いよく開け放ち、ボストンバッグを肩に担いだ結愛が乗り込んできた。
「お前な、一応人の家なんだからチャイムくらい鳴らせ」
「親友の家にチャイムなんか必要ないね! 顔パスだ!」
俺の両親は今日から三日間、夫婦水入らずの温泉旅行に出かけている。その話をポロリとこいつにしたのが運の尽きだった。「一人じゃ寂しいでしょ? クーラー代も節約できるし、ゲーム合宿しようぜ!」という謎の理屈で、結愛が泊まりに来ることになったのだ。
「それにしてもお前……その格好はどうにかならんのか」
俺は目の前の結愛を見て、思わず頭を抱えた。彼女は大きめのTシャツに、極端に短いショートパンツという、ほぼ下着のようなルームウェア姿に着替えていた。細くて白い脚が、容赦なく俺の視界に飛び込んでくる。
「ん? なにが? 夏なんだから涼しいのが一番でしょ」
「いや、一応お前、女なんだからな? 男の家に泊まりに来る格好じゃねえだろ」
「はっはっは! 悠真、お前まさか私相手にドキドキしちゃってんの? 安心しろ、私はお前のこと男だなんて微塵も思ってないから! 親友の前に性別などない!」
結愛は俺の背中をバンバンと叩き、リビングのソファにダイブした。
「……そういう問題じゃねえんだけどな」
俺は小さくため息をつきながら、テレビの電源を入れ、ゲーム機のコントローラーを結愛に投げ渡した。
「まあいい。今日の目標は、この新作のホラーゲームをクリアすることだ。泣いて逃げ出すなよ?」
「ふん、ホラーゲームなんて私の敵じゃないね! 見せてやるよ、私のエイム力を!」
夜の十一時。部屋の電気を消し、テレビの画面だけが怪しく光る中、俺たちはホラーゲームに没頭していた。
『キャアアアアアア!!』
画面の中で突然クリーチャーが飛び出してきた瞬間。
「ぎゃあああああ!!」
結愛が悲鳴を上げ、俺の右腕に全力でしがみついてきた。
「おい、痛い痛い! 腕折れる! コントローラー操作できねえ!」
「む、無理! セーブ! 一旦セーブして! 怖い怖い怖い!」
結愛は目を固く閉じ、俺の腕に顔を埋めている。彼女の髪から、微かにシャンプーの甘い香りが漂ってきた。そして、腕に当たる柔らかい感触。
(……っ、こいつ、本当に無防備すぎだろ)
俺は心臓がドクンと跳ねるのを感じたが、必死に平静を装った。
「お前、ホラー余裕って言ってたのはどこの誰だよ。それに、近い。離れろ」
「う、うるさい! これは物理的な支えを求めているだけで、精神的なものではない! 親友の腕を貸すくらいの度量を見せろ!」
「理屈がわからんわ!」
俺は結愛の頭をペシッと軽く叩いた。
「ほら、お茶淹れてくるから。一旦休憩だ」
「……うん、お願い」
キッチンに向かいながら、俺は自分の胸に手を当てた。少しだけ鼓動が早い。
「落ち着け俺。こいつは親友だ。ただのバカな親友だ」
そう自分に言い聞かせるように呟いたが、その夜、俺は妙に意識してしまって、ゲームに全く集中できなかった。
秋風が涼しくなり始めた十月のある日。
昼休みの教室で、結愛がいつものように俺の机の前に座り、購買のパンをかじりながらポツリと言った。
「なんかさー、放課後、裏庭に呼び出されたんだけど。カツアゲかな?」
「ぶっ!」
俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「お前、カツアゲって……相手誰だよ」
「隣のクラスの、バスケ部のキャプテン。えーと、名前なんだっけ。高橋くん? イケメンで有名らしいよ。私、お金持ってないのにどうしよう。悠真、千円貸して」
「アホか。それ、どう考えても告白だろ」
「……は? 告白? 私に?」
結愛は目を丸くして、パンを咥えたまま固まった。
「お前、自分の容姿のレベル分かってないのか。黙ってりゃ可愛い部類なんだから、バスケ部のイケメンが目をつけるのも無理はないだろ」
「だ、黙ってりゃ可愛いってなんだよ! 褒めてんのかディスってんのか分かんないな!」
「で、行くのか?」
俺は努めて平坦な声を出そうとしたが、自分でも少し声が低くなっているのが分かった。
「うーん……まあ、カツアゲじゃないなら、話くらいは聞いてみるか。失礼だしね」
「……ふーん」
その日の放課後。俺はなぜか、校舎の裏庭が見える二階の渡り廊下の陰に身を潜めていた。
(いや、違う。これは親友として、あいつが変な男に騙されないか見届ける義務があるからだ。決してストーカーじゃない)
自分に言い訳をしながら下を覗き込むと、夕日に照らされた裏庭で、結愛と高橋が向かい合っていた。高橋は確かに高身長でイケメンだ。結愛は少し緊張した面持ちで下を向いている。
『星野さん。前から、ずっと気になってて……俺と、付き合ってくれませんか』
風に乗って、高橋の言葉が微かに聞こえてきた。
結愛が顔を上げる。何を答えるのか。断るよな? だってあいつは、恋愛とかそういうの興味ないはずだ。
しかし、高橋が結愛の手を取ろうと一歩近づいた瞬間。
俺の体は、勝手に動いていた。
気がつけば階段を駆け下り、裏庭に飛び出していた。
「おい、結愛!」
「え? 悠真?」
驚く結愛と高橋の間に、俺は強引に割って入った。
「あー、わりぃ高橋。こいつ、俺とこの後、駅前の限定クレープ食いに行く約束しててさ。時間ヤバいんだわ。行くぞ結愛!」
俺は結愛の手首を掴むと、高橋が何か言う前に、強引にその場から走り去った。
「ちょ、ちょっと悠真! 引っ張んないでよ、転ぶ!」
裏庭から十分離れた校門の近くまで来て、俺はようやく立ち止まった。息が上がっている。
「……はぁ、はぁ。悠真、急にどうしたの? クレープなんて約束、してたっけ?」
結愛は不思議そうに小首を傾げている。
「……今決めたんだよ」
「え?」
「いいから! 今日は俺の奢りでクレープ食いに行くぞ。……あんな奴の隣で、お前が赤くなってるの見たくなかったんだよ」
最後の言葉は、自分でも驚くほど小さく、ボソボソとした声になってしまった。
「え? なんて?」
「なんでもねえよ! ほら、行くぞ!」
俺は再び結愛の手を引いて歩き出した。結愛は「わけわかんない」と文句を言いながらも、振りほどこうとはしなかった。
俺の胸の奥で、今まで感じたことのない、黒くて熱いモヤモヤが渦巻いていた。親友のはずなのに。どうして俺は、こんなに腹が立っているんだ?

冬の寒さが本格的になってきた十二月。
俺は珍しく風邪をこじらせ、学校を休んでベッドでダウンしていた。熱は三十八度を超え、体中がだるい。
両親は共働きで仕事に出ており、家には俺一人。天井の木目をぼんやり数えていると、玄関のチャイムがけたたましく鳴り響いた。
「……誰だよ、こんな時に」
ふらつく足で玄関に向かい、ドアを開けると、そこにはマフラーでぐるぐる巻きになった結愛が立っていた。手にはスーパーのビニール袋を提げている。
「じゃーん! 親友のピンチと聞いて、愛と勇気の星野結愛が駆けつけました!」
「……お前、学校は」
「午前で終わったから飛んできた! ほら、病人なんだからとっとと寝る! はい、これおばあちゃんの知恵袋、首にネギ巻くやつ!」
「やめろ、臭い! ばか、入ってくんな!」
俺の抵抗も虚しく、結愛は土足……ではないが、ずかずかと家に上がり込み、俺をベッドに押し戻した。
「いいから寝てろ! 私が特製のおかゆを作ってやるからな!」
キッチンからガチャガチャと鍋の音が聞こえてくる。普段はガサツな結愛だが、こういう時に来てくれるのは、素直にありがたかった。
しばらくして、結愛が湯気を立てる土鍋を持ってきた。
「はい、完成! 結愛特製、卵たっぷり雑炊だ! ほら、あーんしてやろうか?」
結愛はスプーンで雑炊をすくい、フーフーと冷ましてから俺の口元に持ってきた。
「……子供じゃねえんだから、自分で食える」
「いいから! 病人の時は甘えとけって! ほら、あーん!」
熱のせいか、抵抗する気力もなく、俺は大人しく口を開けた。出汁が効いていて、意外なほど美味い。
「……美味い」
「だろ? 私の女子力にひれ伏せ!」
結愛は得意げに笑うと、ベッドの脇に座り込んだ。
「それにしても、悠真が風邪引くなんて珍しいな。バカは風邪引かないって言うのに」
「うるせえ。お前こそバカだろ」
「私は元気印だからね! ……熱、まだあるな」
結愛は突然身を乗り出し、俺の額に自分の手を当てた。
「……っ!」
あまりの近さに、俺は息を呑んだ。結愛の真剣な瞳が、俺の目を真っ直ぐに見つめている。彼女の長いまつげの影まで見える距離。冷たい手が、熱を持った俺の額に心地いい。
ドクン、ドクン、ドクン。
心臓が、痛いほど激しく脈打つ。これは風邪の熱のせいじゃない。結愛の顔が近いからだ。
「んー、結構熱いね。氷枕、替えてこようか?」
「……いや、いい」
俺は思わず、結愛の手首を掴んでいた。
「悠真?」
「……お前、本当に距離感バグってんな」
「なに急に。親友なんだから、看病くらい普通でしょ」
親友。その言葉が、今はやけに重苦しく、そして窮屈に感じられた。
(……なんだこれ。違う。俺はこいつを、親友としてじゃなく……)
俺はずっと目を背けていたのだ。男同士のノリだ、親友だと言い訳をして、一緒にいる口実を作っていただけだ。
俺は、星野結愛という一人の『女の子』が、好きなんだ。
熱に浮かされた頭で、俺はついに、自分の中にある明確な感情を自覚してしまった。

季節は巡り、春。二年生への進級を控えた三月の、球技大会の日の夕暮れ。
俺たちは大会の打ち上げをサボり、誰もいない旧校舎の屋上に忍び込んでいた。オレンジ色の夕日が、街を赤く染めている。
風邪の日に自分の気持ちを自覚してからというもの、俺は結愛との距離感に戸惑い続けていた。今まで通りツッコミを入れ、ゲームをし、ファミレスでくだらない話をする。でも、俺の心の中は全く『今まで通り』じゃなかった。
このまま「親友」という安全な枠組みに逃げ込んでいていいのか?
いや、限界だ。もう、俺はこいつに触れたい。恋人として、隣にいたい。
「あーあ、負けちゃったねーバスケ。悠真のシュートが全部リングに弾かれたせいだ」
フェンスに寄りかかりながら、結愛がジュースの缶を片手に笑う。
「お前が変な声援送るからペース狂ったんだよ。『悠真、外したら明日からポチな!』ってなんだよ」
「愛のムチだよ、愛のムチ!」
けらけらと笑う結愛の横顔を見つめ、俺は大きく深呼吸をした。
「……結愛」
「ん? なに改まって」
俺は結愛の正面に立ち、彼女の目から視線を逸らさずに言った。
「俺たちさ、親友やめないか」
その瞬間、結愛の笑顔がピタリと止まった。ジュースの缶を持つ手が震え、彼女の大きな瞳が揺れる。
「え……? な、なんで? 私、なんか嫌われるようなこと、した……? 最近、悠真なんかよそよそしかったし……ごめん、私バカだから、直すから……」
結愛の声が震え、目から涙がこぼれそうになっている。違う、そうじゃない。
俺は一歩踏み出し、結愛の肩を両手で掴んだ。
「そうじゃねえよ。嫌いになったわけじゃない」
「じゃあ、なんで……」
「俺、お前のこと、好きだ。親友としてじゃなく、女として」
屋上に、沈黙が落ちた。遠くでカラスが鳴く声だけが聞こえる。
結愛は目を丸くしたまま、瞬きを三回繰り返した。そして。
「……ぷっ、あははははは!! なにそれ、罰ゲーム? それともドッキリ? カメラどこ? 隠しマイク?」
結愛は腹を抱えて爆笑し始めた。
「マジだ。大真面目だ。俺はお前が好きなんだよ」
俺が一切笑わずに真剣な顔で言い放つと、結愛の笑い声が徐々に小さくなり、やがて完全に止まった。
彼女の顔が、夕日よりも赤く染まっていく。
「……まじ、で?」
「マジだ。お前は俺のボケに突っ込むし、ガサツだし、距離感バグってるし、食い意地張ってるけど。でも、お前と一緒にいるのが一番楽しい。俺の隣は、お前じゃなきゃダメなんだ」
結愛は俯き、両手で自分の顔を覆った。耳の先まで真っ赤になっているのが分かる。
「……っ、ずるい」
「は?」
「ずるいって言ってんの! 私だって、ずっと前から……っ」
結愛が顔を上げ、涙目で俺を睨みつけた。
「私だって! 悠真のこと、好きだったんだよ! 親友とか言って、一緒にいる理由作ってたのは私の方なのに! なんで先言うのさ、バカ!」
「……え、お前も俺のこと……?」
「そう言ってんでしょ! 鈍感! バカ悠真!」
結愛が俺の胸をポカポカと叩く。俺はその手を優しく掴み、そのまま彼女を強く抱きしめた。
「……遅くなって、ごめん」
「……うん。遅いよ、バカ」
腕の中の結愛は、いつものガサツな親友ではなく、一人の可愛い女の子だった。俺たちの関係に、ついに新しいアップデート・パッチが適用された瞬間だった。
「なあ、これ本当に意味あるのか?」
「ある! 恋人同士になったんだから、こういうイベントは必須でしょ!」
俺たちが『親友』から『恋人』になって一週間。
休日の午後、俺たちはいつものファミレスにいた。ただし、今日は向かい合わせではなく、なぜか横並びの席に座っている。
テーブルの上には、山盛りの激辛フライドポテト。
結愛はポテトを一本つまみ、ニヤニヤしながら俺の口元に持ってきた。
「ほれ、恋人の特権! あーん、だ!」
「……お前、それ絶対デスソースかかってる奴だろ。色が赤いぞ」
「バレたか! 愛の試練だよ、食え!」
「殺す気か! 恋人になって早々未亡人になりたいのかお前は!」
俺がツッコミを入れると、結愛はケラケラと笑い転げた。
結局、俺たちは恋人になっても、やっていることは親友時代と全く変わらなかった。相変わらずゲームで徹夜し、くだらないことで口喧嘩をし、漫才のような掛け合いを続けている。
だが、確実になにかが変わったこともある。
ファミレスを出て、夕暮れの帰り道を歩いている時。
結愛が、ごく自然に俺の右手に、自分の左手を絡めてきた。指と指を絡ませる、恋人つなぎだ。
「……お前、外で手つなぐの、恥ずかしくないのか?」
俺が照れ隠しにそっぽを向きながら言うと、結愛は俺の手をギュッと握り返してきた。
「んーん。親友の時より、なんかドキドキするけど……悪くない。ていうか、悠真の手、汗かきすぎ。緊張してんの?」
「うるせえ! お前の手が熱いんだよ!」
「あはは! 照れてる照れてる! 可愛いとこあんじゃん、私の彼氏!」
「調子に乗るな」
俺は憎まれ口を叩きながらも、繋いだ手を離さないように、さらに強く握り返した。
周囲から見れば、俺たちは相変わらずうるさくて、ガサツで、ロマンチックの欠片もないカップルだろう。
でも、これでいい。
カッコつける必要なんてない。変に気を使う必要もない。
一番素の自分でいられて、一番笑い合える相手。
「ねえ、悠真」
「ん?」
「私たち、恋人になっても、最高に気が合うね」
結愛が、夕日を背に最高の笑顔を向けてくる。
俺はため息をつくフリをして、でも絶対に隠しきれない笑顔で答えた。
「……当たり前だろ。俺たちは、最高の親友カップルなんだからな」
「なにそれ、意味わかんない!」
俺たちの日常は、これからもずっと、この心地よい漫才と共に続いていく。
距離感バグりまくりの俺の彼女は、やっぱり世界で一番、最高すぎるのだ。