タイトル:『俺の"親友"は距離感がバグっている〜絶対に付き合ってないけど、世界一気が合う相棒との日常〜』
「おい、そこのお前。ちょっといいか」
「ん? 私?」
高校の入学式という、誰もが緊張と期待に胸を膨らませる記念すべき日の朝。
俺、高坂大和(こうさか やまと)は、隣の席に座った女子生徒に声をかけずにはいられなかった。
彼女は振り返り、不思議そうに小首を傾げる。肩口で切り揃えられたショートボブの髪がふわりと揺れ、大きな瞳が俺を真っ直ぐに見つめてきた。客観的に見れば、かなり整った顔立ちをした美少女だ。
だが、俺の視線は彼女の顔ではなく、制服のブレザーの下から自己主張激しく覗いているインナーのTシャツに釘付けになっていた。
「お前、そのTシャツにデカデカと書かれた『大盛無料』って筆文字、どういうつもりで着てきたんだ? 入学式だぞ?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた、隣の席の君! これはな、私の心意気だ!」
「心意気?」
「そう! これから始まる高校生活、私は誰に対しても大盛りで、サービス精神旺盛に生きていくという熱い所信表明なのだ! どうだ、かっこいいだろう!」
「いや、絶対バカだろ」
「初対面でバカとは失礼な! 私は相沢夏海(あいざわ なつみ)! お前の名前はなんだ!」
「高坂大和だ。よろしくな、大盛無料」
「だから名前で呼べよ! 大和!」
出会ってわずか三十秒。俺たちは初対面とは思えないテンポで言葉を交わしていた。
普通、高校の入学式なんてお互いに様子見から入るものだ。だが、この相沢夏海という女には、そんな常識は一切通用しなかった。
その後、夏海が机から落とした消しゴムを俺が拾ってやったことがきっかけで、俺たちはなぜか意気投合してしまった。
「大和、お前いい奴だな! 消しゴムを拾ってくれるなんて、まるで天使のようだ!」
「消しゴム拾っただけで天使なら、この世は天界だらけだろ。大げさなんだよ」
「いやいや、大和のツッコミのキレ、私好みだぞ! よし、今日からお前は私の『親友』だ!」
「勝手に決めるな。……まあ、退屈はしなさそうだからいいけどな」
こうして、俺と夏海は「最高の親友」としての第一歩を踏み出した。
男女の友情は成立しないなんて誰が言ったのか。俺たちの間には、間違いなく男同士のそれに近い、熱いブラザーフッドが芽生えていたのである。

「大和、ちょっとこれ飲んでみてくれ!」
「なんだ、その毒々しい紫色の液体は……。魔女が鍋で煮込んだヤバい薬にしか見えないんだが」
放課後のファミリーレストラン。俺たちの溜まり場となっているこの場所で、夏海はドリンクバーから不気味なグラスを持って帰ってきた。
「失礼な! これはメロンソーダとコーラとオレンジジュースを、私の長年の勘と経験に基づく黄金比でブレンドした、名付けて『夏海の特製エリクサー』だ!」
「エリクサーっていうかポイズンだろ。飲んだら確実にHP減るぞ」
「いいから飲んでみろって! ほら、あーん!」
「ストロー突き出してくんな! ……ちっ、一口だけだからな。ずずっ……うっわ、甘っ! そして後味に謎の強烈な酸味! なんだこれ、味覚がバグる!」
「だろ!? 私もさっき一口飲んで、舌が千切れるかと思った!」
「人に毒見させんな! 自分でわかってて飲ませたのかよ!」
俺が盛大にツッコミを入れると、夏海は「あっはっは!」と腹を抱えて笑い出した。
ふと視線を感じて横を向くと、同じクラスの女子グループが、俺たちを呆れたような、それでいて生温かいような目で見ているのに気がついた。
「ねえ、高坂くんと相沢さんって、やっぱり付き合ってるの?」
「「はぁ? どこをどう見たらそうなるんだよ(なんだよ)」」
俺と夏海の返事が見事にハモり、クラスメイトの女子たちは顔を見合わせて苦笑いした。
「いや、だって今のやり取り完全にカップルだし、間接キスとか全然気にしてないじゃない」
「間接キス? ああ、ジュースの回し飲みか。そんなの、親友同士なら普通だろ?」
「そうそう! 大和とは魂のレベルで共鳴し合うブラザーだからな! 間接キスで照れるような軟弱な関係じゃないんだよ!」
「ブラザーって……相沢さん、女の子なのに……」
クラスメイトたちは「はいはい、ごちそうさま」と手をひらひらさせて去っていった。
俺は納得がいかない。なぜ周囲は俺たちをカップル扱いしたがるのか。
俺と夏海は、最高の親友だ。一緒にいてこれほど気楽で、ボケとツッコミの波長が合う人間は他にいない。そこに恋愛感情なんていう面倒なものが入り込む余地は一ミリもないのだ。
「大和、私のパフェも半分食うか?」
「お、マジで? じゃあ俺のポテトとトレードな。お前のパフェの上のイチゴ、もらうぞ」
「あーっ! それ私が最後に食べようと思ってたのに! この恨み、ポテト全食いで晴らす!」
「ふざけんな、俺の昼飯が!」
こんなバカなやり取りを一生続けていられる。それが俺たちの、最高の日常だった。

「大和ぉー! 開けろー! 親友のピンチだぞー!」
夜の八時。インターホンが壊れるのではないかという勢いで連打され、俺は渋々玄関のドアを開けた。そこには、大きなボストンバッグを抱えた夏海が立っていた。
「夜中にピンポン連打すんな近所迷惑だろ! どうしたんだよ、家出か?」
「親が急に二泊三日の温泉旅行に行きやがって! 晩御飯も朝御飯もないし、一人で夜を過ごすなんて寂しくて死んでしまう! だからお前の家でかくまってくれ!」
「ピンチのスケールが小せえよ! コンビニ行けば済む話だろ!」
「いいから上がらせろ! ほら、昨日発売したばかりの新作対戦ゲーム、買ってきたぞ!」
「……徹夜だな」
「徹夜だな!」
結局、俺は夏海を部屋に招き入れた。親友の頼みとあっては無下にできないし、何より新作ゲームの誘惑には勝てなかった。俺の親も仕事で夜勤だったため、家には俺たち二人だけだ。
「よっしゃあああ! 私の華麗な百裂コンボの前にひれ伏すがいい、大和!」
「くっそ、またハメ技かよ! お前、格ゲーになると性格悪くなるな!」
「勝負の世界は非常なのだよ! ほらほら、リベンジ受けて立つぞ!」
ポテトチップスを頬張り、コーラを飲みながら、俺たちは画面に向かって叫び続けた。男女が一つ屋根の下で夜を明かすというのに、色気なんてものは一切ない。ただひたすらに、親友同士のプライドを懸けた死闘が繰り広げられていた。
しかし、夜中の三時を回った頃。
「ふぁ……大和ぉ、もう一戦……」
「お前、もう目ぇ開いてねえじゃん。今日はここまでに……」
ズン、と俺の右肩に重みが乗った。
横を見ると、コントローラーを握りしめたまま、夏海が俺の肩に頭を預けてスヤスヤと寝息を立てていた。
「おい、夏海。こんなとこで寝たら風邪引くぞ。ベッド行け」
「むにゃ……大和、そこはガードが甘い……えいっ……」
「夢の中でもゲームしてんのかよ」
肩を揺すっても起きる気配がない。
至近距離で見る夏海の寝顔は、普段のガサツな言動からは想像もつかないほど無防備で、静かだった。長いまつ毛が頬に影を落とし、微かに開いた唇からは規則正しい寝息が漏れている。ほのかにシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐった。
「……無防備すぎんだろ、バカ」
俺の胸の奥で、トクン、と小さな音が鳴った気がした。
親友だ。こいつは最高の親友で、ただの男友達みたいな存在だ。
そう自分に言い聞かせながらも、俺は夏海を起こすことができず、そのまま毛布を掛けてやり、朝まで肩を貸し続ける羽目になった。
「大和、なんか隣のクラスの男子に、今日の放課後、裏庭に来てくれって呼び出されたんだけど。これって決闘の申し込みかな? 武器とか持ってった方がいい?」
「お前は昭和のヤンキーか。十中八九、告白に決まってんだろ」
「こ、こくはくぅ!?」
昼休み、教室で弁当をつついていた俺に、夏海がとんでもない爆弾を落としてきた。
夏海は目を丸くして、自分の顔を指差している。
「私に? 告白? 嘘だろ、だって私、色気ゼロだぞ?」
「いや、黙ってれば見た目はそこそこ可愛いからな。黙ってれば、な」
「一言余計だ! ……でも、どうしよう。私、そういうの全然わかんないし、断るのも気まずいし……」
珍しくオロオロしている夏海を見て、俺の胸の中に真っ黒でドロドロとした感情が湧き上がってくるのを感じた。
なんだこれ。すげえモヤモヤする。
隣のクラスの男子? 誰だそいつ。夏海の何を知ってるって言うんだ。こいつのバカなところも、大食いなところも、ゲームで負けると泣きのもう一回を要求してくるところも、全部俺が一番知ってるのに。
……いや、待て。俺はただ、親友が騙されないか心配なだけだ。大事な相棒がよくわからない男に取られるのが嫌なだけだ。そうだ、これは純粋な友情ゆえの心配だ。
放課後。俺は気がつくと、裏庭が見える校舎の陰に隠れていた。
裏庭では、緊張した面持ちの男子生徒と、落ち着かない様子の夏海が向かい合っていた。
「相沢さん! 前からずっと、相沢さんの明るいところが好きでした! 僕と、付き合ってください!」
「えっと、その、私は……ごめん、そういうの、まだよくわかんなくて……」
夏海が困ったように眉を下げている。あんな顔、させたくない。
俺は思考より先に身体が動いていた。
「あー、わりぃ! 夏海、今日の数学の課題、どうしてもわかんねえから今すぐ教えてくれ!」
空気をぶち壊すような大声で、俺は二人の間に乱入した。
男子生徒は「えっ、高坂くん!?」と驚き、夏海は一瞬キョトンとした後、パァッと顔を輝かせた。
「お、おお! そうか、大和は私がいないとホントにダメだな! ごめん、私、こいつの世話焼かなきゃいけないから、またな!」
夏海はそう言うと、俺の腕をガシッと掴み、裏庭から全力で逃走した。
残された男子生徒はポカンとしていたが、知ったことか。
帰り道。夕日を背に歩きながら、夏海が安堵の息を吐いた。
「大和、ナイスタイミング! 正直どう断っていいか分かんなくて焦ったわー!」
「お前、マジでモテる要素ねえのにな。奇特な奴もいたもんだ」
「うるさい! ……でも、お前が助けに来てくれて、ちょっと嬉しかったぞ。さすが私の親友だな!」
「……おう」
無邪気に笑う夏海を見て、俺の胸のモヤモヤは少しだけ晴れた。
親友。そう、俺たちは親友だ。今はまだ、このポジションで十分だ。そう自分に言い聞かせるように、俺は夏海の歩幅に合わせて歩き続けた。
秋の文化祭。後夜祭のメインイベントである打ち上げ花火を見るため、俺たちは校庭の隅に陣取っていた。
夏海は「お祭りと言えば浴衣だろ!」と、どこから引っ張り出してきたのか、鮮やかな朝顔柄の浴衣を着ていた。普段の制服やジャージ姿とは違う、少し大人びた雰囲気に、俺は待ち合わせの瞬間から動揺を隠せなかった。
「どうよ、大和! 私の浴衣姿! 惚れ直したか?」
「七五三の着物かと思ったわ。寸胴すぎて色気もクソもねえな」
「殴るぞ! せっかく気合い入れて着付けてきたのに!」
いつものように軽口を叩き合いながらも、俺の視線はどうしても夏海のうなじや、少しはだけた襟元に向かってしまう。いかん、冷静になれ俺。相手は親友だぞ。
「ほら大和! たこ焼きと焼きそばとフランクフルトとチョコバナナ買ってきたぞ!」
「買いすぎだろ! どんだけ食うつもりだよ!」
「はんぶんこすれば余裕だろ! ほら、熱いうちに食え! あーん!」
「自分で食えるわ! ……あーん。……熱っ!」
「あはは、素直でよろしい!」
夏海が笑った瞬間、ヒュルルル……と空気を切り裂く音が鳴り、夜空に巨大な花火が打ち上がった。
ドンッ、という腹の底に響く音と共に、色とりどりの光が夜空に咲き乱れる。
「うわぁ……綺麗だなー!」
花火を見上げる夏海の横顔が、鮮やかな光に照らし出された。
無邪気に目を輝かせるその表情、浴衣姿、そして、いつも俺の隣で笑ってくれる存在。
周囲の歓声が遠のき、俺の耳には自分の異常に早い心拍数だけが響いていた。
「……ああ、綺麗だな」
「だろ? 私の見立てた屋台飯は最高だからな!」
「屋台飯のことじゃねえよ。花火のことだよ」
「なんだ、そっちか!」
ケラケラと笑う夏海を見つめながら、俺はついに認めるしかなかった。
これまでの数々のモヤモヤ。肩を貸したときのドキドキ。他の男に取られたくないという嫉妬。
俺は気づいてしまった。こいつと一緒にいて楽しいのは、ただ「親友」だから波長が合うからじゃない。
俺は、相沢夏海という女のことが、どうしようもなく好きなんだ。
男友達への友情じゃない。一人の男として、こいつを独占したいと願っている。
「どうした、大和? なんか顔赤いぞ。熱でもあるのか?」
夏海が心配そうに顔を近づけてくる。その距離の近さに、俺の心臓は限界を迎えそうだった。
「……お前のせいだ」
「え? 私、なんかしたか?」
「なんでもねえよ。ほら、次上がるぞ」
夜空を見上げながら、俺は決意した。
このまま「親友」という安全な場所に逃げ込んでいるわけにはいかない。
俺たちの関係を、変えなければならない時が来たのだ。

冬の気配が本格的になり始めた、十二月のある日。
放課後の帰り道、俺は夏海を近所の公園に呼び出した。吐く息は白く、街灯の光が冷たい空気を切り裂いている。
「大和、こんな寒いところでなんだよ改まって。借金か? 五百円までなら貸してやるぞ」
「少ねえよ。……あのさ、夏海。大事な話があるんだ」
「……なんだよ、マジな顔して」
俺のただならぬ雰囲気を察したのか、夏海の顔からいつものおどけた表情が消えた。
俺は大きく深呼吸をして、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「俺たち、親友やめないか」
その言葉が口から出た瞬間、夏海の目が大きく見開かれた。
「……え?」
「だから、親友をやめたいんだ」
「なんで……私、なんか大和に嫌われるようなことしたか? 勝手にゲームのセーブデータ消したことか? それとも冷蔵庫のプリン勝手に食ったことか? もしそうなら直すから……親友やめるとか、そんな悲しいこと言わないでくれよ……」
夏海の大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。こいつ、本気で勘違いして泣きそうだ。
俺は慌てて首を振った。
「違う、そうじゃない! お前のことは嫌いじゃない。むしろ逆だ」
「逆……?」
「俺は、お前と『親友』っていう枠組みに収まってるのが、もう我慢できなくなったんだよ」
「どういう、ことだ?」
涙目のまま小首を傾げる夏海の肩を、俺は両手でしっかりと掴んだ。
「好きだ、夏海。男友達としてじゃなく、一人の女として。これからは親友としてじゃなく、恋人として俺の隣にいてほしい。俺の彼女になってくれ」
静寂が降りた。
公園の木々が風で揺れる音だけが響く中、夏海は瞬きを繰り返し、俺の言葉の意味を頭の中で処理しているようだった。
そして、数秒後。
「……ぶっ」
「は?」
「あっはははは! なんだよそれ! 大和のくせに、顔真っ赤にしてかっこつけやがって!」
「お前、人が一生一代の真剣な告白してんのに笑うな! 真面目に答えろ!」
「だって、おかしいだろ! 遅いんだよ、バカ!」
夏海は涙を指で拭いながら、俺を睨みつけるように見上げた。
その頬は、寒さのせいだけでなく、林檎のように真っ赤に染まっていた。
「私なんか、ずっと前から大和のこと好きだったのに。親友のふりして隣にいるの、結構しんどかったんだぞ」
「……えっ。お前、じゃあ……」
「お互い、距離感がバグってただけだな。……大和、私の彼氏にしてやるよ。よろしくお願いします」
夏海は照れ隠しのように、俺の胸ぐらを軽く小突いた。
俺は安堵と喜びに包まれながら、その手をそっと握り返した。
俺たちが付き合い始めてから、数ヶ月が経った。
季節は春を迎え、俺たちは高校二年生になっていた。
放課後のファミリーレストラン。俺たちの指定席となっているボックス席で、今日もいつもの光景が繰り広げられていた。
「大和、これ飲んでみろ! メロンソーダとカルピスと、隠し味にタバスコを入れた奇跡のコラボレーションだ!」
「タバスコ入れた時点で奇跡じゃなくて悲劇だろうが! 俺を殺す気か!」
「ふふん、私の愛のムチだと思え! ほら、あーん!」
「いらねえよ! 普通にコーヒー飲ませろ!」
俺が全力で拒否していると、通りかかったクラスメイトの女子たちが、呆れたような笑顔で話しかけてきた。
「あんたたち、ホントに付き合い始めてからも全然変わんないわね。相変わらずバカやってるし」
「そりゃあそうさ! 私たちは最高の親友から、最高の恋人にクラスチェンジしただけだからな! 基盤のブラザーフッドは揺るがないのだよ!」
「自分で言ってて恥ずかしくないのか、お前は……」
クラスメイトたちは「はいはい、お熱いことで」と笑いながら去っていった。
確かに、傍から見れば俺たちは付き合う前と何も変わっていないように見えるだろう。
相変わらず漫才のようなボケとツッコミを繰り返し、遠慮なく言い合い、ゲームで本気の喧嘩をする。
「親友」という関係から「恋人」になったからといって、急に甘い言葉を囁き合ったり、しおらしくなったりするわけがない。俺たちは俺たちのペースで、これまで通りの日常を楽しんでいる。
「大和、今日の帰りはクレープ食べて帰ろうぜ! 駅前に新しい店できたらしいぞ!」
「また食うのかよ。お前、最近少し重くなったんじゃないか?」
「なっ……! 乙女に向かって体重の話をするとは、万死に値する! 今日のクレープはお前のおごりな!」
「理不尽すぎるだろ!」
俺が文句を言っていると、テーブルの下で、スッと温かいものが俺の左手に触れた。
夏海の手だ。
彼女は俺の指に自分の指を絡ませ、しっかりと手を握ってきた。
「……なんだよ」
「んーん? 別にー? ただ、手を繋ぎたかっただけだ」
夏海は悪戯っぽく笑いながら、グラスのストローを咥えた。
その耳まで真っ赤に染まっているのを、俺は見逃さなかった。
態度は親友だった頃と変わらない。バカみたいな日常も同じ。
でも、テーブルの下で繋いだ手から伝わる体温は、間違いなく「彼女」としての甘さと独占欲に満ちていた。
「しゃーねーな。クレープ、おごってやるよ」
「やった! 愛してるぞ、大和!」
「はいはい、俺もだよ」
俺たちは、最高に気が合う親友で、そして――世界一バカップルな恋人同士だ。
このバグった距離感のまま、俺たちの騒がしくて愛おしい日常は、これからもずっと続いていく。