タイトル:『俺の親友(♀)が距離感バグりすぎてて、どう見ても彼女な件について』
「おいおいおい、マジかよ……また俺の勝ちか。このゲーセンには骨のある奴はいねえのか?」
薄暗いゲームセンターの片隅。タバコの匂いと電子音が混ざり合う独特の空間で、俺――神城蓮(かみしろ れん)は、格闘ゲームの筐体に向かって深くため息をついた。
画面にはデカデカと『YOU WIN』の文字が輝いている。今日だけで怒涛の二十連勝。対面の席に座っていた見知らぬサラリーマンが、舌打ちをして席を立つのが見えた。
「あーあ、つまんね。帰ってYouTubeでも見るか……」
そう言って立ち上がろうとした瞬間だった。
ガコンッ!と対面の席に乱暴に誰かが座り、チャリンチャリンと連続で百円玉が投入される音が響いた。
「そこなドヤ顔の少年!このあたしが引導を渡してやる!」
筐体越しに聞こえてきたのは、やけに威勢のいい、しかし明らかに女の子の声だった。
「は? 女?」
俺が思わず筐体の隙間から覗き込むと、そこには高校の制服を着た、肩口で切り揃えられたショートボブの女子がいた。くりっとした大きな瞳は闘志に燃え、なぜか腕まくりまでしている。
「よーし、お姉さんが格ゲーの厳しさを教えてあげるからね! 泣いて謝っても許さないんだから!」
「いや、同い年くらいだろお前。それに俺、容赦しねえからな」
「上等! いざ、尋常に勝負!」
かくして始まった謎の女子高生とのバトル。最初は「どうせ初心者だろ」と舐めてかかっていた俺だが、ラウンドが始まって数秒でその認識を改めることになった。
「ちょ、おま……そのコンボ、プロゲーマーの配信で見たやつ!」
「ふふん! 甘い甘い! そこは下段ガードでしょ!」
「うるせえ! ツッコミながら操作すんな!」
お互いのキャラクターが画面内を縦横無尽に飛び回り、必殺技のエフェクトが火花を散らす。彼女のプレイスタイルは超攻撃的で、息をつかせぬラッシュを仕掛けてくる。だが、俺も伊達にこのゲーセンで連勝を重ねているわけではない。冷静に彼女の隙を突き、カウンターを叩き込む。
「あーっ! 今の絶対ガード間に合ってたし!」
「コントローラーのせいにすんな! お前の反応が遅いだけだ!」
「むっきー! 次のラウンドはボコボコにしてやる!」
白熱したバトルの末、最終ラウンドの残り体力はお互いにドット単位。俺の放った小パンチが、彼女のキャラクターの隙にクリーンヒットした。
『K.O.!』
「っしゃあああ! 俺の勝ちだ!」
俺がガッツポーズを決めた瞬間、対面の席から「バンッ!」と台を叩く音がした。
「あーっ! くっそー! なんで負けるの!? もう一回! 延長戦だ!」
「いや、俺もう百円玉ねえし。帰るわ」
「待て待て待て! 逃げる気か!? じゃあ私がおごる! だからもう一戦付き合え!」
「おごり!? マジで? ……じゃあ、あと一戦だけな」
結局、その『あと一戦』が十戦に伸び、ゲーセンが閉店時間を迎える頃には、俺たちはすっかり意気投合していた。
「いやー、蓮のあの切り返し、マジでエグかったわー」
「お前もな。結愛だっけ? 女子であそこまでやり込む奴、初めて見たわ」
ゲーセンを出た俺たちは、近所のコンビニで肉まんを買い、店先の車止めに座って語り合っていた。星野結愛(ほしの ゆあ)。それが彼女の名前だった。偶然にも、俺と同じ高校の一年生だということが判明した。
「にしても、まさか同じ高校だったとはな。明日から学校で会ったらよろしくな、戦友」
「戦友って何よ。親友でしょ、親友! 私たち、もうマブダチだから!」
結愛は肉まんを頬張りながら、満面の笑みで俺の肩をバシバシと叩いてきた。
「痛えよ! お前、遠慮って言葉知らねえのか!」
「親友に遠慮なんて水くさいこと言うなよー。あ、一口食べる?」
そう言って、自分がかじりかけの肉まんを俺の顔の前に突き出してくる。
「いらねえよ! 間接キスになるだろ!」
「は? なに意識してんの? 男同士みたいなもんでしょ、私たち」
「俺は男だけど、お前は一応女だろ……」
呆れながらツッコミを入れる俺をよそに、結愛はケラケラと笑っている。春の夜風が、彼女の髪を揺らしていた。
こうして、俺と結愛の「最高の友情関係」は、格ゲーの筐体越しという極めて非日常的な形で幕を開けたのだった。
高校二年の春。クラス替えの掲示板の前で、俺は天を仰いでいた。
「……なんでお前と同じクラスなんだよ」
「あはは! 運命だね、蓮! これで毎日一緒にお昼ご飯食べられるね!」
隣で無邪気に笑う結愛を見て、俺は深い深いため息をついた。あの日、ゲーセンで出会ってから一年。俺たちは文字通り「親友」として、常に一緒に行動するようになっていた。
そして迎えた二年生。俺の席の真後ろが結愛という、神様が仕組んだとしか思えない配置になったのだ。
「おはよー蓮! 今日の寝癖、芸術的だね! 現代アート?」
朝のホームルーム前、結愛が後ろから俺の肩を突いてくる。
「誰がピカソだ。お前こそ、制服のリボン曲がってんぞ。だらしないな」
「えっ、マジ? 直して直して!」
結愛は平然と俺の前に身を乗り出し、首元を突き出してくる。
「自分で直せよ! なんで俺が……ほら、じっとしろ」
文句を言いつつも、俺は手慣れた手つきで結愛のリボンを真っ直ぐに直してやる。一年間、こんなやり取りを繰り返してきたせいで、すっかりお世話係が板についてしまった。
「おっ、サンキュー! さすが私の専属スタイリスト!」
「誰がスタイリストだ。時給千円よこせ」
そんな俺たちのやり取りを見ていたクラスメイトの佐藤が、ニヤニヤしながら近づいてきた。
「お前らさー、朝から夫婦漫才かよ。本当仲良いよな。付き合ってないの?」
その瞬間、俺と結愛は顔を見合わせ、完璧なユニゾンで言い放った。
「「は? こいつと? ないない!」」
「えぇ……息ぴったりすぎだろ……」
ドン引きする佐藤をよそに、結愛は俺の背中をバンバンと叩きながら笑う。
「私と蓮はねー、親友(マブ)だから! 恋愛とかそういう次元超越してんの!」
「そういうこと。こいつを女として見るくらいなら、その辺の電柱を彼女にするわ」
「ちょっと! 電柱以下ってどういうこと!? ぶっ飛ばすよ!」
「ほら見ろ、すぐ暴力に訴える。これが女のやることか」
昼休みになれば、当然のように机をくっつけて一緒にお弁当を食べる。
「あ! 蓮の弁当、今日唐揚げじゃん! いただき!」
結愛の箸が、目にも留まらぬ速さで俺の弁当箱から一番大きな唐揚げを強奪していく。
「ああっ! 俺のメインディッシュ! 何してくれとんじゃ!」
「隙あり! 戦場では油断した者が死ぬのだよ、神城上等兵!」
「ここは学校だ! 泥棒猫め、返せ!」
「もぐもぐ……んー! 美味しい! 蓮のお母さんの唐揚げ、世界一!」
「くっそ……お前の卵焼きもらうからな!」
「あー! 私の甘い卵焼き! 蓮のバカ、それはデザート用に取っておいたのに!」
ギャーギャーと騒ぎながら弁当を食べる俺たちを、周囲のクラスメイトたちは生温かい目で見守っていた。「あいつら、もう結婚すればいいのに」というヒソヒソ声が聞こえた気もしたが、俺はあえて無視した。
放課後になれば、一緒に近所のスーパーで買い食いをする。
「蓮、アイス半分こしよ! 私チョコミントがいい!」
「お前、歯磨き粉みたいな味のやつ好きだな。俺はバニラ一択だ」
「はー? チョコミントの良さがわからないなんて、人生の半分損してるね!」
「お前の味覚がバグってんだよ」
言い合いながらも、結局は二つの味を買って、ベンチでスプーンをつっつき合う。
「ほら、一口やるから口開けろ」
「あーん……うん、バニラも悪くないね。じゃあお返しにチョコミント!」
「いらねえって言ってんだろ! 押し込むな!」
毎日がこんな調子だ。結愛と一緒にいると、世界中のすべてがボケとツッコミのネタになる。恋愛感情なんてものは一ミリもない(と、俺は思っている)。あるのは、男友達と一緒にいるような気安さと、底抜けの楽しさだけだ。
俺たちは、最高に気が合う親友。
この関係が、ずっと続くのだと信じて疑わなかった。

うだるような暑さが続く、高校二年の夏休み。
「……なんでお前が我が物顔でくつろいでんだよ」
俺の部屋のベッドの上で、大の字になってクーラーの風を全身で浴びている結愛を見下ろし、俺はこめかみを押さえた。
「あー、極楽極楽。蓮の部屋、クーラー効きすぎてて最高ー」
事の発端は昨日。俺の両親が親戚の結婚式で数日間家を空けることになったと結愛に話したところ、「じゃあゲーム合宿な!」と秒で決定されたのだ。
そして現在、結愛はだぼだぼのグレーのスウェットに、短いショートパンツという、極めて無防備な格好で俺のベッドを占拠している。
「お前さ……一応言っておくけど、俺、男だぞ? もう少し危機感とか警戒心とか持てよ」
「は? 蓮相手に? 草生えるんですけど」
結愛は寝転がったまま、スマホをいじりながら鼻で笑った。
「あのなぁ、世の男っていうのは、こういう状況になったら間違いを起こす可能性が……」
「ないない。だって私たち、親友でしょ? 蓮は私を女として見てないし、私も蓮を男として見てない。完全に安全保障条約が結ばれてるわけですよ」
「……まあ、当たり前だろ」
俺は小さく息を吐き、床に置かれたクッションに座り込んだ。結愛の言う通りだ。こいつ相手にドキドキするなんてあり得ない。
「ほら、無駄話してないでゲームしよ! 今日徹夜でクリアするって約束したじゃん!」
結愛がガバッと起き上がり、持参したホラーゲームのパッケージを掲げる。
「お前、ホラー苦手なくせによくやるよな」
「一人じゃ無理だけど、蓮がいれば大丈夫だもん! ほら、コントローラー持って!」
部屋の電気を消し、テレビのモニターの光だけが部屋を照らす。不気味なBGMが響き渡る中、俺たちはゲームを進めていった。
開始から一時間。案の定、結愛の悲鳴が部屋中に響き渡り始めた。
「ぎゃああああ! 出た! ゾンビ出た! 蓮、助けてぇぇぇ!」
「うるせえ! 耳元で叫ぶな! ほら、弾薬アイテム拾えって!」
「無理無理無理! 画面見られない! 蓮、盾になって!」
結愛はコントローラーを放り出し、隣に座っていた俺の腕にガシッとしがみついてきた。
「おい、腕くっつくな! 操作できねえだろ!」
「だって怖いんだもん! 蓮の体温が安心するぅ……」
「お前なぁ……」
引き剥がそうとした俺だが、ふと動きを止めた。
暗闇の中、俺の腕に密着している結愛の体。スウェット越しに伝わってくる柔らかい感触。そして、彼女の髪から漂ってくる、フローラル系のシャンプーの甘い香り。
(……ちっ、距離感バグりすぎだろ)
俺の心臓が、自分でも驚くほど大きく「ドクン」と跳ねた。
「ほら、もう敵倒したから。離れろ」
俺は平静を装いながら、少し乱暴に結愛を引き剥がした。
「えー、ケチ。もうちょっとくっついてても減るもんじゃないでしょ」
不満げに口を尖らせる結愛の顔が、モニターの光に照らされて妙に色っぽく見えた気がして、俺は慌てて画面に視線を戻した。
「……ゲームに集中しろ。次死んだらお前の顔面に落書きするからな」
「はあ!? なんでそうなるの! 絶対死なないし!」
再びギャーギャーと騒ぎながらゲームを続ける俺たち。
いつものノリ。いつもの親友。
だけど、俺の心臓の奥底で鳴ったあの小さな警鐘は、気のせいだと言い聞かせるには少しだけうるさすぎた。
「(いやいや、ないない。こいつは親友。ただの悪友。俺がこいつを女として意識するなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない)」
心の中で必死にそう唱えながら、俺はゾンビの頭をショットガンで吹き飛ばした。
秋。高校生活最大のイベントである文化祭の季節がやってきた。
俺と結愛のクラスは、定番中の定番である「お化け屋敷」をやることになった。
「よーし、蓮! 今日は買い出し部隊のリーダーとして、ホームセンターを制圧するぞ!」
「制圧ってなんだよ。ただの段ボールとガムテープの買い出しだろ。テンションおかしいぞ」
放課後、俺たちは二人で買い出しに出かけていた。結愛はなぜか迷彩柄のバンダナを頭に巻いている。どこで買ってきたんだ、それ。
「形から入るタイプだからね! さあ、行くぞ相棒!」
ホームセンターで大量の資材を買い込み、両手いっぱいに荷物を抱えて学校への帰り道を歩いていた時のことだ。
「あ、星野さん!」
前方から、爽やかな声が聞こえてきた。見ると、他クラスの男子生徒――確か、サッカー部のエースで、女子から「王子」とか呼ばれているイケメンの先輩だった。
「あ、先輩! こんにちは!」
結愛がパッと明るい笑顔を見せる。
「文化祭の買い出し? 荷物、すごく重そうだね。俺、手伝おうか?」
先輩はそう言って、結愛が持っていた紙袋に手を伸ばそうとした。
「えっ、いいんですか? すみません、助かります!」
嬉しそうに笑う結愛。その瞬間、俺の胸の奥で、真っ黒でドロドロとした「何か」がボワッと膨れ上がった。
「……結構です」
俺は無意識のうちに、結愛と先輩の間にスッと割り込んでいた。そして、先輩が手を伸ばしかけていた紙袋を、横からひったくるように奪い取った。
「え?」
驚く先輩と結愛。
「これくらい、俺が持ちますんで。先輩は自分のクラスの準備に戻った方がいいんじゃないですか?」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。
「あ、あはは……そうだな。じゃあ、星野さん、またね」
先輩は引きつった笑顔を浮かべ、逃げるように去っていった。
「……ちょっと、蓮? 急にどうしたの? めっちゃ感じ悪かったよ?」
結愛が不満そうに俺を睨みつけてくる。
「別に。お前がトロトロ歩いてるからだろ。さっさと歩けよ」
「なによそれ! せっかく先輩が優しくしてくれたのに!」
「あーそうかい! じゃあアイツに持ってもらえばよかっただろ! そのまま二人でイチャイチャしながら帰ればよかったじゃねえか!」
「はあ!? なんで急にキレてんの!? 意味わかんない!」
帰り道、俺たちは一言も口を利かなかった。
教室に戻り、荷物をドンッと置くと、俺はそのまま無言で作業を始めた。段ボールを切るカッターの音が、やけに響く。
(なんだよ、俺。なんであんなにイライラしてんだ)
先輩が結愛に笑いかけたこと。結愛がそれに嬉しそうに応えたこと。ただそれだけのことが、無性に腹立たしかった。
「……ねえ、蓮」
不意に、背中から結愛の声がした。
振り返ると、結愛が缶ジュースを二本持って立っていた。
「……ほら、りんごジュース。お前の好きなやつ」
俺の頬に、冷たい缶がピトッと押し当てられる。
「……サンキュ」
「あのさ、私、蓮がなんで怒ってるかわかんないけど……ごめんね?」
結愛は少し気まずそうに目を伏せた。
「……別に、怒ってねえよ」
「嘘つけ。顔が般若みたいになってたよ。……もしかして、妬いてる?」
ニヤリと、結愛が意地悪な笑みを浮かべる。
「は!? 誰が!」
「あはは! 冗談だよ! でもさ……」
結愛は俺の隣に座り、りんごジュースのプルタブを開けた。
「私には、蓮っていう最高の相棒がいるからな。先輩より、蓮の方が百倍頼りになるし!」
結愛の屈託のない笑顔を見て、俺の中の黒いモヤモヤが、スッと晴れていくのを感じた。
「……調子いいこと言ってんな。ほら、作業戻るぞ」
「はいはい、神城リーダー!」
いつもの調子に戻った俺たち。
だけど、俺は気づかないフリをしていた。
他の男と仲良くする結愛を見て湧き上がったあの感情の名前が、「嫉妬」であるということを。

冬。街はクリスマスムード一色に染まっていた。
「……なんで俺たち、クリスマスイブに二人でファミレスにいるんだ?」
窓の外でチカチカと輝くイルミネーションを横目に、俺は目の前のハンバーグをつついた。
「いいじゃん! イブに一人で過ごすなんて寂しすぎるでしょ! 親友同士で傷の舐め合いだよ!」
結愛は口の周りにデミグラスソースをつけながら、豪快にハンバーグを頬張っている。
周囲を見渡せば、客の九割がカップルだ。俺たちのような制服姿の高校生から、大人っぽい社会人カップルまで、誰もが幸せそうなオーラを放っている。
「お待たせいたしました。こちら、カップル限定の『クリスマス・スペシャル・デザートプレート』でございます」
サンタ帽を被った店員が、満面の笑みで巨大なパフェをテーブルに置いた。
「あ、すいません。私たちカップルじゃないんで。これ頼んでませんよ?」
結愛が不思議そうな顔で店員に告げる。
「え? あ、大変失礼いたしました! あまりにもお似合いでしたので、てっきり……」
店員は顔を真っ赤にして平謝りし、パフェを下げていった。
「あはは! カップルに見られるなんてウケる! 私たちが!? ないない!」
手を叩いて爆笑する結愛。
だが、俺は一緒に笑うことができなかった。
「お似合い」という言葉。そして、それをノータイムで全否定した結愛。
いつもなら、「だよなー!」と一緒に笑い飛ばせるはずなのに。今日に限って、その言葉がチクリと胸の奥に刺さった。
「……おい、結愛」
「んー? なに?」
「お前、彼氏とか……欲しくないの?」
自分でも驚くほど、唐突な質問だった。結愛は目を丸くして、スプーンを口にくわえたまま固まった。
「……え? 急にどうしたの? 蓮、熱でもある?」
「いや、別に。ただ、周りがカップルだらけだから、ふと思っただけだ」
結愛は少しだけ考える素振りを見せた後、あっけらかんと言い放った。
「うーん、別にいらないかなー。だって、蓮と一緒にいるのが一番楽しいし。彼氏とか作ったら、蓮とこうやってバカできなくなっちゃうじゃん? それは嫌だもん」
「……そうか」
俺は短く答え、冷めたハンバーグを口に運んだ。
結愛は、俺との関係を「親友」としてこの上なく大切にしてくれている。それは痛いほど伝わってきた。
でも、俺は?
ファミレスを出て、駅までの道を二人で歩く。
吐く息が白い。街路樹のイルミネーションが、冷たい空気に反射してキラキラと輝いている。
「わあ……綺麗! 蓮、見て見て!」
結愛がイルミネーションを見上げ、子供のようにはしゃいでいる。
光に照らされた彼女の横顔。マフラーに埋もれた小さな口元。楽しそうに細められた大きな瞳。
それを見た瞬間、俺の中でずっと誤魔化し続けてきた感情が、ついに決壊した。
ドクン、ドクンと、心臓がうるさいくらいに鳴っている。
(ああ、そうか。俺は……)
ゲーセンで出会ったあの日から。
毎日一緒に笑い合ってきた日々の中で。
ホラーゲームで腕にしがみつかれたあの夜に。
先輩と話す彼女を見て、嫉妬に狂いそうになったあの時に。
俺はもう、とっくに気づいていたんだ。
俺は、星野結愛のことが好きだ。
親友としてじゃない。一人の「女」として。いや、俺にとっての「特別なたった一人の存在」として。
「……蓮? どうしたの、急に立ち止まって」
数歩先を歩いていた結愛が、不思議そうに振り返る。
「いや……なんでもない」
俺は無理やり笑顔を作り、結愛の元へ歩み寄った。
「親友」という言葉が、今の俺には呪いのように重く、息苦しく感じられた。
この関係を壊すのが怖い。でも、このままじゃいられない。
冷たい冬の夜風が、俺の火照った顔を冷ましてはくれなかった。

年が明け、大晦日の夜から元旦にかけて。
俺たちは地元の大きな神社に、初詣に来ていた。
「さっむ……! なんでこんなに人いんの!? 神様も残業で過労死するレベルだよ!」
「罰当たりなこと言うな。お前がどうしても限定のお守りが欲しいって言ったんだろ」
参道は人で溢れかえり、俺たちははぐれないように肩がぶつかるほどの距離で歩いていた。
「うぅ……蓮、カイロ持ってない? 私、もう指先の感覚ないんだけど」
結愛が両手をこすり合わせながら、上目遣いで俺を見てくる。
「持ってねーよ。お前、防寒対策甘すぎだろ」
俺はため息をつき、自分の首に巻いていたマフラーを外した。そして、それを結愛の首にぐるぐると無造作に巻きつけた。
「ほら、これで少しはマシだろ」
「わっ……あったか。蓮の匂いがする」
結愛はマフラーに顔を埋め、クンクンと匂いを嗅ぐような仕草をした。
「やめろ、変態か」
「あはは! サンキュ、蓮。……なんかさ、蓮ってたまーに彼氏みたいなことするよね」
冗談めかして笑う結愛。
いつもなら、「バカ言ってんじゃねえよ」とツッコんで終わる流れだ。
でも、今日の俺は違った。
クリスマスイブの夜に自覚した感情が、俺の背中を強烈に押していた。
「……たまにじゃなくて、ずっと彼氏じゃダメか?」
喧騒の中。俺の声は、自分でも驚くほどハッキリと、結愛の耳に届いたはずだ。
結愛の足がピタリと止まった。
「……え?」
周囲の人混みが、まるでスローモーションのように流れていく。
俺は結愛に向き直り、その大きな瞳を真っ直ぐに見つめた。
「冗談じゃない。俺は……お前のことを、もうただの親友だなんて思えねえ」
結愛の顔から、いつものふざけた笑みが消えていく。
「俺は、お前が好きだ。結愛」
ボケなし。ツッコミなし。
最高の親友への、最悪のタイミング(人混みド真ん中)での告白。
沈黙が流れた。数秒が、永遠のように長く感じられる。
結愛は目を丸くしたまま、瞬きすら忘れたように俺を見上げていた。
そして。
みるみるうちに、彼女の顔が耳の先まで真っ赤に染まっていった。
「……っ、バカ」
結愛の声は、かすかに震えていた。
「こんなところで……こんなタイミングで言うなんて、ツッコミのくせにボケが過ぎるよ……」
彼女の目から、ポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「えっ、ちょ、泣くなよ! 俺、なんか悪いこと言ったか!?」
「悪くない!……悪くないけど……遅いよ、バカ蓮……」
結愛は俺から借りたマフラーで目元をごしごしと擦りながら、しゃくりあげた。
「私だって……私だって、ずっと前から、蓮のことが好きだったのに……!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。
「……は? マジで?」
「マジだよ! 蓮が鈍感すぎるから、親友のフリしてずっと側にいたんじゃない! この朴念仁!」
結愛は泣き笑いのような表情で、俺の胸をポカポカと叩いてきた。
「いや、お前も『私たちは親友だから!』って散々予防線張ってただろ!」
「それは蓮が引かないように合わせただけ! あーもう、せっかくの初詣なのに顔ぐちゃぐちゃじゃん!」
「……知るかよ。どうせお前の顔なんて、いつも丸くてぐちゃぐちゃだろ」
「はあ!? 今ここでそれ言う!? デリカシーゼロか!」
ギャーギャーと言い合いながらも、俺の顔は自然と笑っていた。
人混みの中で、俺は結愛の手をそっと握った。
「……えっと、じゃあ。付き合うか、俺たち」
「……うん。よろしく、私の『彼氏』」
結愛も、俺の手を強く握り返してくれた。
除夜の鐘が遠くで鳴り響く中、俺たちは「最高の親友」という殻を破り、新しい関係へと一歩を踏み出したのだった。
春。俺たちは高校三年生になった。
クラス替えの結果、俺と結愛は奇跡的に三年連続で同じクラスになった。
「おはよー蓮! 今日の寝癖も冴えてるね! 重力に逆らってる!」
朝のホームルーム前、いつものように後ろの席から結愛がちょっかいを出してくる。
「うるせえ。お前は相変わらず顔が丸いな。アンパンマンかよ」
「丸くない! 女子の顔に向かって丸いとかギルティ! 訴えるよ!」
「やってみろ。敗訴確定だぞ」
いつものボケとツッコミ。傍から見れば、俺たちの関係は一年前となんら変わっていないように見えるだろう。
実際、クラスメイトの佐藤が呆れたように声をかけてきた。
「お前ら、三年になっても相変わらずだな。結局付き合ってないんだろ?」
その言葉に、俺と結愛は顔を見合わせた。
そして、ニヤリと笑い合うと、俺は結愛の手をガシッと握り、クラス全員に見えるように高く掲げた。
「いや、付き合ってる。俺の彼女だ」
その瞬間。
「「「ええええええええええええええっ!?」」」
教室中が揺れるほどの、クラスメイトたちの大絶叫が響き渡った。
「うそ!? あの『絶対付き合わない同盟』のお前らが!?」
「マジかよ! いつから!?」
騒然とする教室の中で、結愛は恥ずかしがるどころか、空いている方の手でピースサインを作ってみせた。
「えへへー! 親友から彼氏彼女に昇格しましたー! 以後お見知り置きを!」
「お見知り置きをじゃねえよ。お前ら、どんだけ隠密行動してんだよ……」
佐藤が頭を抱えて崩れ落ちるのを見て、俺たちは腹を抱えて笑った。
昼休みになれば、当然のように机をくっつけて弁当を食べる。
「あ! 蓮の弁当、今日ハンバーグじゃん! いただき!」
「おいコラ! 彼氏の弁当からメインおかずを奪う彼女がどこにいる!」
「ここにいまーす! 愛する彼女のためなら、ハンバーグの一つや二つ安いもんでしょ?」
「理不尽すぎるだろ! じゃあお前の卵焼きもらうからな!」
「あーっ! だからそれはデザート用だって言ってるでしょ!」
ギャーギャーと騒ぎながらの弁当タイム。
放課後はゲーセンに寄り道して、格ゲーで対戦。
「っしゃあああ! 私の勝ち! 蓮、今日調子悪いんじゃないのー?」
「うるせえ、コントローラーのボタンがめり込んでただけだ!」
「はい言い訳ー! 負け犬の遠吠えー!」
何も変わらない。
俺たちのベースは、あの日からずっと「最高の親友」のままだ。
ただ一つ変わったことと言えば。
帰り道、夕暮れの土手を歩いている時。
「……蓮、手」
結愛が少しだけ顔を赤くして、俺の服の袖をちょこんと引っ張ってくること。
「……お前、ゲーセンではあんなにオラついてたくせに、こういう時は殊勝だな」
「う、うるさい! いいから手、繋ぎなさいよ!」
「はいはい」
俺は呆れたふりをしながら、結愛の小さな手をしっかりと握りしめる。
「……あったかい」
「お前の手が冷たすぎるんだよ」
「蓮の体温、私の専用カイロだからね」
「俺は人間だ、暖房器具じゃねえ」
憎まれ口を叩き合いながらも、繋いだ手は絶対に離さない。
ふとした瞬間に訪れる、甘くてくすぐったい空気。
それが、親友から恋人になった俺たちの、新しい日常だった。
「ねえ、蓮」
「ん?」
「私たち、おじいちゃんとおばあちゃんになっても、こうやって言い合いしながら手ぇ繋いでるのかな」
結愛が、夕日に照らされた笑顔で俺を見上げてくる。
「……さあな。お前がボケ続ける限り、俺はツッコミ続けるしかねえだろ」
「あはは! じゃあ、一生ボケ倒してあげる!」
「勘弁してくれ」
呆れながらも、俺は結愛の手をもう一度強く握り返した。
最高の親友で、最高の恋人。
俺たちのこのノリは、きっと一生変わらない。