タイトル:『俺たち、最高に気が合う“親友”だけど付き合ってません! 〜周りが勝手にカップル扱いしてくる件〜』

「……いや、なんで俺がこんな目に」
桜舞い散る四月。春の陽気がぽかぽかと心地よい大学のキャンパスで、俺――高坂悠真(こうさかゆうま)は、心の中で深いため息をついていた。
入学式直後のオリエンテーション。大教室に集められた新入生たちは、すでに周囲の人間と愛想笑いを浮かべながら「どこの出身?」「サークル何入るの?」といった、生産性の欠片もないテンプレ会話を繰り広げている。
俺はといえば、そんなコミュニケーションの波に乗る気など毛頭なく、ただひたすらに早く家に帰って新作のオープンワールドRPGをプレイしたくてたまらなかった。
「あ、ごめん。ペン拾ってくれない?」
不意に、隣の席から声が降ってきた。
声の主は、春の風のようなふわりとしたボブカットの女子だった。大きな瞳と整った顔立ち。客観的に見れば「可愛い」のカテゴリに属するであろう彼女は、申し訳なさそうに俺の足元を指差している。
「ん、ああ。これか」
俺は足元に転がっていた黒いボールペンを拾い上げた。その時、彼女のトートバッグにぶら下がっている見慣れたアクリルキーホルダーが目に飛び込んできた。
漆黒の剣と、禍々しい赤いドラゴンの意匠。
「……お前、それ『フロム・ジ・アビス』の初回限定特典じゃね?」
俺の口から、思わずオタク特有の早口が飛び出していた。
すると、彼女――星野結衣(ほしのゆい)の目が、カッ! と見開かれた。
「えっ!? わかるの!? 嘘、もしかしてガチ勢!?」
「当たり前だろ。発売日から三日徹夜して裏ボスまでソロ討伐したわ」
「マジで!? 私も! なんなら縛りプレイで初期装備クリア達成したし!」
「は? 初期装備クリア? お前、あの即死攻撃どうやって回避したんだよ!」
「フレーム回避に決まってんじゃん! 敵のモーションの予備動作の0.2秒前にローリングだよ!」
「お前、頭おかしいだろ(褒め言葉)!」
そこからの盛り上がりは、自分でも引くレベルだった。
お互いのプレイスタイル、好きな武器のモーション、クソ仕様への愚痴。ありとあらゆるゲームの話題が、まるで長年連れ添った漫才師のようにポンポンと飛び交う。俺がボケれば彼女が的確にツッコミを入れ、彼女が暴走すれば俺が手綱を引く。
「いやー、お前めっちゃ話合うな。男だったら絶対最高のダチになってたわ」
俺が笑いながら言うと、結衣は不満げに唇を尖らせた。
「は? なにそれ。女でも最高のダチになれるだろ! 私のゲーマー魂を舐めんな!」
「お、言うねえ。よし、じゃあ今日から俺たちマブダチな」
「おう、よろしく頼むぜ相棒! ちなみに今日の夜、マルチプレイで素材集め手伝えよ」
「早速パシリ扱いかよ!」
周囲の新入生たちが「なんだあの二人……」「もう出来上がってんじゃん……」とドン引きの視線を送ってきていることなど、俺たちは全く気にも留めていなかった。
こうして、俺の大学生活は「最高の相棒」という名の、やけに顔のいい女友達とともに幕を開けたのである。
「ここの学食のカレー、スパイスに私の魂が入ってるんだよね」
「お前の魂、ワンコインで買えるのかよ。安っ」
「失礼な、定食セットにしたら600円だぞ」
「100円しか価値上がってねーじゃねーか! お前の魂の相場どうなってんだよ!」
大学に入学して半年が過ぎた秋口。学食の喧騒の中、俺と結衣はいつものように向かい合って昼食をとっていた。
結衣はカツカレーを豪快に頬張りながら、満足げに鼻を鳴らす。こいつ、見た目は清楚系女子のくせに、中身は完全にその辺の男子大学生である。
「お前ら、相変わらず夫婦漫才やってんな。息ぴったりすぎてこっちが恥ずかしくなるわ」
トレイを持って相席してきたのは、共通の友人である健太だった。健太は呆れたような顔で俺たちを交互に見る。
「夫婦漫才ってなんだよ。俺たちはただの高度な情報戦を繰り広げているだけだ」
「カレーの値段で情報戦すな。てかお前ら、もう付き合っちゃえよ。周りもみんな『あの二人絶対付き合ってる』って言ってるぞ」
健太の言葉に、俺と結衣は顔を見合わせて、同時に鼻で笑った。
「「ないないない」」
見事なハモりだった。
「バカ言え健太。こいつは俺の右腕だぞ。恋愛とかそういう次元じゃねぇから」
俺が断言すると、結衣もウンウンと深く頷いた。
「そうそう、私たちは戦友(マブダチ)だから。悠真は私の左足首みたいなもん」
「部位が中途半端だな! しかもアキレス腱切れたら致命傷じゃねーか!」
「えー、じゃあ盲腸」
「いらない子扱いすんな!」
俺の的確なツッコミに、結衣はケラケラと笑う。
その日の放課後も、結衣は当たり前のように俺のアパートへ上がり込んできた。
「お邪魔しまーす。あ、今日のポテチはコンソメパンチな」
「お前、俺の部屋を完全に自分の第二の部屋だと思ってるだろ。少しは遠慮しろ」
「親友の間に遠慮なんて野暮なもんはいらねぇんだよ。ほら、早くコントローラー渡せ」
俺たちは並んで座椅子に座り、テレビ画面に向かって叫び声を上げながらゲームに没頭する。ポテチの袋を取り合い、時には本気で小突っぱり合いながら。
「あーっ! お前今俺の回復アイテム横取りしただろ!」
「弱肉強食の世界へようこそ! 恨むなら自分の反射神経の鈍さを恨むんだな!」
「このクソゴリラが!」
異性を自分の部屋に入れているという緊張感は、微塵もない。ただひたすらに楽しくて、居心地がいい。
俺たちは最高の親友だ。恋愛感情なんていう面倒なものが入り込む余地なんて、俺たちの間には一ミリもないのだと、この時の俺は本気で信じて疑わなかった。
「っしゃあ! これでランキング上位確定だろ!」
「お疲れ! いやー、マジでギリギリだったな」
冬休み直前。俺たちは新作オンラインゲームの期間限定ランキングイベントを走るため、俺のアパートで三泊四日の「強化合宿」を敢行していた。
結衣はキャリーケースに着替えを詰め込んで、完全に住み着く気満々でやってきたのだ。
「ふう……やり切った。じゃ、私シャワー借りるわ」
「おう。バスタオルはそこの棚のやつ適当に使え」
結衣が風呂場へ向かうのを見送りながら、俺は散らかった部屋の片付けを始める。空になったペットボトルやスナック菓子の袋。完全に男子寮のノリである。
数十分後、風呂場のドアが開く音がした。
「ぷはーっ、生き返った!」
リビングに戻ってきた結衣を見て、俺は片付けの手を止めた。
結衣は俺のダボダボのTシャツを借りて着ており、首元からは白い鎖骨が覗いている。濡れた髪からは、シャンプーの甘い香りが漂ってきた。
「……おい、お前少しは女としての自覚を持て。無防備すぎるだろ」
俺が顔を背けながら指摘すると、結衣はキョトンとした顔で自分の服装を見下ろした。
「はぁ? 悠真相手に女も男もねーよ。お前、私にそんな感情抱くわけないっしょ。どう見ても私はただの野生のゴリラだろ」
「自分で言うな! ……いや、ゴリラにしては肌白いな、とか一瞬でも思った俺がバカみたいじゃねーか!」
「なんだとコラ、誰が色白ゴリラだ!」
「そこまでは言ってねぇよ!」
言い合いながらも、俺は内心で少しだけ動揺していた。いつもはただの騒がしい相棒なのに、ふとした瞬間に見せる「女の子」の部分に、心臓がチクリと跳ねる。
いやいや、相手は結衣だぞ。俺の右腕だぞ。気をしっかり持て、俺。
夜。就寝の時間になり、俺たちは一つのベッドを巡って熾烈な争いを繰り広げていた。
「客なんだからベッド譲れ! 私はふかふかの布団で寝たいの!」
「勝手に上がり込んできた奴は客じゃねぇ、侵入者だ! お前は床のラグマットの上で丸まって寝ろ!」
「鬼! 悪魔! 悠真の血はスライムの体液より冷たい!」
「どんな例えだよ!」
結局、押し問答の末に「ベッドの端と端で、背中を向けて寝る」という妥協案で落ち着いた。
背中越しに、結衣の規則正しい寝息が聞こえてくる。
「……おい、結衣」
「……んー、むにゃ……悠真、私のからあげ食うな……」
「食わねーよ」
寝言にツッコミを入れながら、俺は小さく息を吐いた。
同じベッドで寝ているのに、何も起きないし、何も起こす気もない。ただ、背中から伝わる微かな温もりが、妙に心地よかった。
「完全にルームシェアだな、これ……」
俺は誰に言うでもなく呟き、ゆっくりと目を閉じた。
「うぉぉ、すっげえ人だな! さすが大学祭!」
秋晴れの空の下、キャンパスは学生や一般客でごった返していた。俺と結衣は、屋台の焼きそばやたこ焼きを買い込み、食べ歩きを満喫していた。
「悠真、あそこのクレープ美味しそう! 行こうぜ!」
「お前、さっきフランクフルト食ったばっかだろ。胃袋にブラックホールでも飼ってんのか」
「甘いものは別腹って、古事記にも書いてある!」
「絶対書いてねぇよ」
そんな軽口を叩きながら歩いていると、少し離れたところで結衣が誰かに呼び止められた。
「ねえねえ、そこの君。めっちゃ可愛いね。この後、俺と一緒にパンケーキ食べ行かない?」
声をかけてきたのは、金髪でいかにもチャラそうな他学科の先輩だった。結衣は突然のナンパに困惑した表情を浮かべている。
俺は少し離れた場所からその光景を見て、なぜか無性に腹の底からイライラが込み上げてくるのを感じた。
なんだあいつ。結衣に馴れ馴れしく話しかけやがって。俺の親友に手を出そうなんて、一万年早いんだよ。
俺は謎の正義感(あるいは独占欲)を燃やし、二人の間にズカズカと割って入った。
「あ、すみません。こいつ、俺のなんで」
俺が結衣の腕を掴んで引っ張ると、チャラ男先輩は目を丸くした。
「え? なに、彼氏?」
「あ、いや、俺の『相棒』なんで。今から一緒に魔王討伐のクエスト行かなきゃいけないんで、失礼します」
「は? 魔王?」
「そういうことなんで! 勇者様がお待ちかねなんで失礼しまーす!」
結衣も俺の意図を察したのか、話を合わせて頭を下げ、二人でその場から逃げ出した。
人混みを抜け、校舎の裏手に回ってから、俺たちは息をついた。
「お前、あんなチャラ男について行ったら胃もたれするぞ」
「バカ、行くわけないだろ。私が行くのはラーメン二郎だけだ」
「お前マジで女子力皆無だな。まあ、無事でよかったけどよ」
結衣は俺の顔を見上げて、ニヤリと笑った。
「なんだよ悠真。もしかして妬いた?」
「はぁ!? 誰が妬くか! 親友が変な虫に刺されそうになってたから駆除してやっただけだ!」
「ふーん? まあ、頼りになる相棒を持った私の勝ちな」
そう言って笑う結衣の笑顔が、やけに眩しく見えた。
ちなみにその後、俺が他学科の女子から「連絡先教えてくれませんか?」と逆ナンされた際、結衣が恐ろしい形相で間に割って入ってきた。
「ごめんなさーい! この人、私がいないと生きていけないんで! 胃袋も私が完全に掌握してるんで!」
「ヒモみたいな言い方すんな! あと胃袋掴んでるのは俺の方だろ、いつも飯作ってやってんだから!」
女子たちはドン引きして去っていった。
「お前なぁ、せっかくの出会いのチャンスを……」
「いいじゃん別に。悠真には私っていう最高の相棒がいるんだから、他の女なんていらないでしょ?」
「……まあ、そうだな」
お互いに独占欲を丸出しにしているのに、俺たちはそれを「親友だから」という便利な言葉でコーティングして、核心から目を逸らし続けていた。

冬の寒さが本格化してきた一月。
俺の部屋の中心には、人類を堕落させる最終兵器――こたつが鎮座していた。
「ぬくぬく……もう一生ここから出たくない……」
「お前、さっきからこたつ虫みたいになってるぞ。みかんの皮くらいゴミ箱に捨てろ」
俺たちはこたつに入り、テレビでバラエティ番組を流しながらダラダラと過ごしていた。
こたつの中で、結衣の足が俺の足にコツンとぶつかる。普段なら「おい足蹴るな」と文句を言うところだが、今日は結衣からの反応がない。
見ると、結衣はみかんを持ったまま、こたつに突っ伏してスヤスヤと寝息を立てていた。
「……マジで寝てんのかよ。自由な奴だな」
俺は呆れながら、結衣の顔を覗き込んだ。
そして、その瞬間、俺の思考はピタリと停止した。
「……あれ?」
普段は騒がしく笑い、変顔ばかりしている結衣の顔。こうして静かに目を閉じていると、驚くほど整っていることに気づく。
長いまつ毛が頬に影を落とし、ほんのりピンク色に色づいた唇が、規則正しい呼吸に合わせて微かに動いている。
いつもは「ゴリラ」だの「男友達」だのと言い合っているが、間違いなく、彼女は女の子だった。しかも、めちゃくちゃ可愛い部類の。
「……黙ってれば、普通に美人なんだよな、こいつ」
無意識のうちに、俺の手が結衣の頬へと伸びていた。
その柔らかな肌に触れようとした瞬間。
「……むにゃ……悠真、私のからあげ……」
「だから食わねーって言ってんだろ!」
俺は慌てて手を引っ込め、大声でツッコミを入れてしまった。
その声に驚いたのか、結衣がビクッと肩を揺らして目を覚ました。
「んん……? なんだよ、急に大声出して。びっくりするじゃん」
「お、おう。悪い。お前が変な寝言言うからだろ」
「寝言? 私なんか言ってた?」
結衣は目をこすりながら、不思議そうに俺を見つめる。その潤んだ瞳とバッチリ目が合ってしまい、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「あ、いや……なんでもない」
「なんだよ、人の顔ジロジロ見て。もしかして私の美貌に見惚れた?」
いつもなら「寝よだれ垂らして美貌もクソもあるか!」と即座にツッコむところだ。しかし、今の俺には気の利いた返しが全く浮かんでこなかった。
「……べ、別に。お前、鼻毛出てるぞって思ってただけだ」
「嘘つけ! 私永久脱毛してるから鼻毛なんて生えてこないわ!」
「鼻毛の永久脱毛ってなんだよ! 初めて聞いたわ!」
なんとか会話のテンポを取り戻そうと必死に声を張り上げるが、俺の顔は間違いなく真っ赤になっていたはずだ。
ヤバい。バグだ。俺の脳が完全にバグを起こしている。
親友であるはずの結衣の顔が、やけに可愛く見える。彼女の一挙手一投足に、いちいち胸がざわつく。
結衣も、俺の異変に気づいたのだろうか。いつもならさらに追撃してくるはずなのに、なぜか彼女も少し頬を赤く染め、スッと視線を逸らした。
「……バカ悠真」
小さく呟かれたその言葉に、俺の心臓はさらに警鐘を鳴らし始めた。
この日を境に、俺たちの中にある「親友」という名の強固な地盤が、音を立てて崩れ始めていた。

春休み。大学のキャンパス周辺の桜が、つぼみをほころばせ始めた頃。
俺と結衣の関係は、かつてないほどギクシャクしていた。
一緒にゲームをしていても、ご飯を食べていても、どこか上の空。俺がボケても結衣のツッコミが一拍遅れ、結衣がふざけても俺がうまく返せない。
「親友」という言葉が、いつの間にか俺たちを縛り付ける重い枷になっていた。意識すればするほど、今までのように無邪気に接することができない。
このままじゃダメだ。俺たちの関係が、このまま腐っていくのは絶対に嫌だ。
夜。いつもの帰り道にある小さな公園。
俺たちは缶コーヒーを片手に、並んでブランコに揺られていた。キィ、キィと鎖の軋む音だけが、静かな公園に響く。
「……私たち、最近変じゃね?」
ポツリと、結衣が口を開いた。その声はいつもよりずっと小さく、自信がなさそうだった。
「……ああ。変だな」
俺も短く同意する。沈黙が降り下り、缶コーヒーの温もりだけが手のひらに伝わってくる。
俺は大きく息を吸い込み、覚悟を決めた。
「なあ、結衣」
「ん?」
「俺たち、親友やめないか?」
その言葉が口から出た瞬間、結衣の動きがピタリと止まった。
彼女はゆっくりと俺の方を向き、その大きな瞳を見開いた。街灯の光に照らされたその目には、みるみるうちに涙が溜まっていく。
「え……なにそれ。絶交ってこと?」
結衣の声が震えていた。
「私、なんか悠真を怒らせるようなことした……? 最近変だったのは認めるけど、急に親友やめるなんて……嫌だ、そんなの……」
ポロリと、結衣の目から涙がこぼれ落ちた。
俺は慌ててブランコから立ち上がり、結衣の前に立った。
「違うわアホ! なんでそうなるんだよ!」
「だって、親友やめるって……!」
「最後まで話を聞け! 俺は……親友をやめて、彼氏彼女になろうって言ってんだよ!」
静まり返った公園に、俺のド直球の叫びが響き渡った。
結衣は涙を流したまま、ポカンと口を開けて俺を見上げている。
「……は?」
「だから! お前が好きだ。ゲームの相棒としてでも、最高の親友としてでもなく、一人の女として好きなんだよ。俺の隣には、お前しか考えられない」
顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったが、俺は結衣の目から視線を逸らさずに言い切った。
数秒の空白。
結衣の顔が、みるみるうちに沸騰したように真っ赤に染まっていく。
「……っ!」
彼女は突然立ち上がると、俺のすねを思い切り蹴り飛ばした。
「痛っ!? なんで蹴るんだよ!」
「バカ! 遅いんだよ! 私がどれだけ悩んだと思ってんの!」
結衣は涙を拭いながら、俺の胸ぐらを軽く掴んだ。
「……私も、好きだ。バカ悠真」
照れ隠しのように顔を伏せながら言われたその言葉に、俺は痛みを忘れて顔をほころばせた。
「お前、告白の返事にバカ二回も入れる奴いるかよ」
「うるさい! これが私なりの愛情表現だ!」
「歪んでんなぁ」
俺たちは顔を見合わせ、久しぶりに腹の底から笑い合った。
ギクシャクしていた空気が嘘のように晴れ渡り、俺たちの間にあった壁が、完全に崩れ去った瞬間だった。
「おい悠真! 私の唐揚げ取んな!」
「お前が俺のハンバーグを先に強奪したんだろうが! 等価交換の法則だ!」
春爛漫の新学期。学食のいつもの席で、俺たちは相変わらずのトーンで言い争いを繰り広げていた。
傍から見れば、入学当初から何一つ変わっていない「いつもの二人」である。
トレイを持ってやってきた健太が、呆れたようにため息をついた。
「お前ら、学年上がっても相変わらず夫婦漫才やってんな。で、結局いつ付き合うんだよ? もう周りはみんな諦めモード入ってるぞ」
健太の言葉に、俺は唐揚げを咀嚼しながらサラリと答えた。
「あ、俺たち春休みから付き合ってるわ」
「……はぁぁぁぁぁぁ!?」
健太の叫び声が学食中に響き渡り、周囲の学生たちが一斉にこちらを振り返った。
「えっ、マジで!? あの『絶対に恋愛感情はない』って言い張ってたお前らが!?」
結衣は得意げに胸を張り、俺の肩をバンバンと叩いた。
「そういうこと。だから悠真は私の彼氏兼、最高の相棒に昇格したってわけ」
「俺の方がランク上みたいに言うな。どっちかというと俺がお前を彼女にしてやったんだろうが」
「はあ!? 私の美貌にひれ伏したの悠真の方でしょ!」
「誰がひれ伏すか! ゴリラが調子乗んな!」
「お前ら……付き合ってもノリ全く変わんねぇな……」
健太は頭を抱えながら、疲れたように席に座った。
夕方。大学からの帰り道。
オレンジ色に染まる通学路を、俺たちは並んで歩いていた。
「おい結衣、手貸せ」
俺がぶっきらぼうに手を差し出すと、結衣は不思議そうな顔をした。
「ん? なんで?」
「お前、方向音痴だからすぐ迷子になるだろ。手繋いどかないとはぐれるからな」
「大学から駅までの道で迷子になるわけないだろ! バカにしてんのか!」
文句を言いながらも、結衣は少し顔を赤らめ、俺の手に自分の手を重ねてきた。
「……まぁ、悠真がどうしてもって言うなら、繋いであげてもいいけど」
「素直じゃねぇな」
俺は結衣の小さな手をしっかりと握り直し、歩幅を合わせて歩き出した。
恋人という関係になったからといって、急に甘いセリフを囁き合ったり、ロマンチックな雰囲気になるわけじゃない。
俺たちはこれからも、息をするようにボケて、全力でツッコんで、ゲームの勝敗で本気で喧嘩して、ポテチの最後の一枚を奪い合うだろう。
でも、それでいい。それが俺たちの形だからだ。
「ねえ悠真。今日の夜、また新しいゲームのマルチやろうぜ」
「おう、いいぞ。今度は俺が足引っ張んないようにサポートしてやるよ」
「言うねえ。私の背中は任せたぜ、相棒」
「ああ、任せとけ、俺の彼女」
俺の言葉に、結衣は少しだけ照れくさそうに笑って、繋いだ手をギュッと握り返してきた。
周りが勝手にカップル扱いしてきて、俺たちはそれを全力で否定してきたけれど。
結局のところ、俺たちは「最高に気が合う親友」であり、「世界一の恋人」という、最強の称号を手に入れてしまったらしい。