タイトル:『俺たちの最高にバカで愛しい『友情』は、どうやら恋と呼ばれているらしい』

「あー……だるい。帰りたい」
高校一年生の春。入学式を終えたばかりの真新しい教室で、俺、高坂結人(こうさかゆいと)は机に突っ伏しながら小さく悪態をついた。
窓の外では、これ見よがしに桜の花びらが舞い散っている。いかにも「青春の始まりですよ」と言わんばかりのベタな情景だが、俺の心は一ミリも踊っていなかった。知らない奴らばかりの教室、無駄にテンションの高い担任、そして何より、自己紹介という名の公開処刑が待ち受けているこの空気がたまらなく息苦しい。
「はぁ……」
深いため息をついたその時だった。
コロン、と。
俺の足元に、真新しい消しゴムが転がってきた。
「あ……」
隣の席から、少しハスキーな女子の声が聞こえた。見ると、ショートボブの髪を揺らしながら、隣の女子が身を乗り出して消しゴムを拾おうとしているところだった。
「あ、拾うよ」
俺も無意識に机の下へ手を伸ばした。
そして、次の瞬間。
ゴツッ!!
「いっっっっっっっっっっっだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「痛っっ!! ちょ、おまっ……!」
机の下という狭い空間で、俺と隣の女子の頭が、見事なまでのクリティカルヒットを記録した。
「な、なにすんのよ! 私の頭蓋骨カチ割る気!?」
涙目で頭を押さえながら、女子が俺を睨みつけてくる。ぱっちりとした大きな目が、今は怒りで吊り上がっていた。
「そっちが勝手に突っ込んできたんだろうが! どんな石頭してんだよ、ボーリングの球か!」
「失礼な! 乙女の頭に向かってボーリングの球とは何事!? この中には夢と希望と未来がぎっしり詰まってるの!」
「空っぽの間違いだろ! 音がカーンって鳴ったぞ今!」
「鳴ってない! 鳴ったとしたらそれは結人の頭の音よ!」
「……って、お前なんで俺の名前知ってんの?」
「さっき名簿見たもん。高坂結人くんでしょ。私は星野陽葵(ほしのひまり)。よろしくね、石頭くん」
「誰が石頭だ。俺は高坂だ」
出会い頭の衝突事故から始まった会話は、初対面とは思えないほどテンポよく進んだ。星野陽葵。それが、俺の高校生活を劇的に、そして最高に騒がしくする元凶との出会いだった。
「ていうかさ」
痛む頭をさすりながら、俺は陽葵のスクールバッグにぶら下がっているキーホルダーに目を留めた。それは、ドット絵で作られた古臭いキャラクターのグッズだった。
「お前、それ……『魔界戦記グラディオン』の主人公じゃん。なんでそんな化石みたいなゲームのグッズ持ってんの?」
俺の言葉を聞いた瞬間、陽葵の目がカッと見開かれた。
「えっ……!? わかるの!? 嘘でしょ、同年代でグラディオン知ってる人、初めて会ったんだけど!!」
陽葵は身を乗り出し、俺の机にバンッと両手をついた。距離が近い。シャンプーのいい匂いが微かに漂うが、それ以上に彼女の放つ熱量が凄まじかった。
「親父がレトロゲームマニアでさ、家に実機があるんだよ。俺もガキの頃からやらされてたからな」
「マジで!? ねぇ、グラディオンの推しキャラ誰!? 私は断然、暗黒騎士ゼクス! あの厨二病全開のセリフ回しがたまらないの!」
「は? ゼクスとかただのネタキャラだろ。あんなの防御力ペラッペラですぐ死ぬじゃねーか。漢なら黙って重戦士のバルガン一択だろ」
「はああ!? バルガンとか足遅すぎてボス戦で使い物にならないじゃん! ゼクスの回避率ナメんな!」
「回避率頼りの運ゲーしてんじゃねーよ!」
気がつけば、俺たちは周囲の目も気にせず、マイナーなレトロゲームの話題で大激論を交わしていた。クラスメイトたちが「なんだあいつら……」と遠巻きに見ていることなど、当時の俺たちの視界には一切入っていなかった。
その日の放課後。
「結人! 駅前のゲーセン行くぞ!」
「は? なんで俺がお前と……」
「グラディオンの新作アーケード版が入ってるらしいの! どっちの推しが最強か、白黒つけようじゃないの!」
「……上等だ。返り討ちにしてやるよ」
駅前のゲームセンター。薄暗い店内に電子音が鳴り響く中、俺と陽葵は格闘ゲームの筐体に向かい合って座っていた。
「くらいやがれ! 必殺、暗黒・絶命・スラッシュ!」
「名前負けしてるわ! 隙あり、重戦士・メガトン・クラッシュ!」
画面の中で、俺の操るゴツい戦士と、陽葵の操る細身の騎士が激しくぶつかり合う。レバーを弾く音とボタンを叩く音が、まるでセッションのように重なり合っていた。
「うおおおおお! そこだ!」
「甘い甘い! 私のゼクスは止まらないわよ!」
結果は、三戦やって俺の一勝二敗。
「くっそ……あの回避判定、絶対バグだろ……」
「ふふん、私の腕前とゼクスの愛の勝利ね! ほら、敗者は勝者にジュースを奢る権利を与えよう!」
「なんで奢る側が権利なんだよ、義務だろそれ」
文句を言いながらも、俺は自販機でコーラを二本買い、一本を陽葵に投げ渡した。
「おっ、サンキュー!」
陽葵はプシュッと小気味良い音を立てて缶を開け、ゴクゴクと喉を鳴らしてコーラを飲んだ。夕日に照らされた彼女の横顔は、なんだか妙に輝いて見えた。
「ぷはーっ! うまい! やっぱ勝利の美酒は最高ね!」
「コーラだろ。……でもまあ、お前、見た目によらずゲーム上手いな。ちょっと見直したわ」
「ふふん、でしょ? 結人も、バルガンであそこまで粘ったのは評価してあげる」
俺たちはベンチに並んで座り、夕日に染まる街を眺めながらコーラを飲んだ。
「なあ、星野」
「陽葵でいいよ。私も結人って呼ぶし」
「……おう。じゃあ陽葵。お前、マジで面白いやつだな」
「結人もね! なんか、ずっと前から友達だったみたいな気がする」
陽葵はニカッと、太陽みたいに明るい笑顔を向けた。
「これからよろしく、相棒!」
彼女が差し出してきた右手に、俺は自分の右手をガシッと合わせた。
「ああ、よろしくな、親友」
こうして、俺と陽葵の「最高の友情」は幕を開けた。
お互いのことを異性として意識するなんて微塵もない、ただひたすらに気が合う「男同士のような」関係。それが、俺たちにとっての絶対的な正解だった。この時は、まだ。
高校二年の初夏。俺と陽葵の「親友関係」は、一年以上の月日を経て、もはや熟成された漫才コンビの域に達していた。
「おい陽葵、お前俺の弁当の唐揚げ食っただろ!」
昼休み。俺の弁当箱から黄金色に輝く唐揚げが一つ消失していることに気づき、俺は前の席でモグモグと口を動かしている陽葵を問いただした。
「は? 人聞きの悪いこと言わないでよ。私はただ息を吸っただけ。そしたら唐揚げの方から自発的に私の口の中にダイブしてきたのよ。不可抗力ね」
「どんなホラーだよ! 唐揚げに意思があるわけねーだろ! 返せ俺の肉!」
「もう胃袋という名のブラックホールに消えたわ。諦めて、その卵焼きで我慢しなさい」
「ふざけんな! お前の弁当のウインナーもらうからな!」
「ああっ! 私のタコさんウインナーが! 結人のバカ、鬼、悪魔!」
俺たちがギャーギャーと騒いでいると、周囲のクラスメイトたちが生温かい視線を送ってくるのがわかった。
「ねえ、あの二人、またイチャイチャしてるよ」
「ほんと仲いいよね。いつから付き合ってんの?」
「いや、本人たちは絶対付き合ってないって言い張ってるらしいよ」
「嘘でしょ、あんなの完全にバカップルのノリじゃん」
ヒソヒソと聞こえてくる外野の声に、俺は箸を止めて立ち上がった。
「お前ら、誤解するなよ! 俺とこいつはただの親友だからな! 男同士の熱い友情みたいなもんだ!」
俺が宣言すると、陽葵も大きく頷いた。
「そうそう! 結人は私にとって、便利な荷物持ち兼、ツッコミマシーン兼、非常食だから! 恋愛感情なんて一ミリもないわ!」
「非常食ってなんだよ! 俺は食い物じゃねえ!」
「え? 違うの? じゃあ、ただのツッコミマシーンか」
「荷物持ちも否定しろよ!」
俺たちの見事な掛け合いに、クラスメイトたちは「はいはい、ごちそうさま」と呆れ顔で散っていった。なぜだ。俺たちは真実を語っているだけなのに。
放課後。俺たちは駅前のファミレスに陣取っていた。来週に迫った中間テストのための勉強会である。
「なあ陽葵、この数学の問題、なんで答えがマイナスになるんだよ。何度計算してもプラスになるんだけど」
俺がシャーペンを放り出して頭を抱えていると、向かいの席でパフェを食べていた陽葵が、スプーンをくわえたまま覗き込んできた。
「どれどれ? ……ああ、これね。簡単じゃない。このxが事業に失敗して多額の借金を抱えて、奥さんのyに逃げられたからよ。人生のマイナスってやつね」
「どんなドラマだよ! 数字に壮絶な人生背負わせるな! 数学に感情持ち込んだら終わりだろ!」
「えー、でもそう考えた方が覚えやすくない? マイナス思考のxくん」
「覚えにくいわ! 普通に公式教えろ!」
まったく勉強が進まない。陽葵は成績優秀というわけではないが、なぜか数学だけは得意なのだ。しかし、教え方が壊滅的に擬人化されているため、俺の脳には全く入ってこない。
「あーあ、疲れた。ちょっとドリンクバー行ってくる」
陽葵が席を立ち、数分後、満面の笑みで戻ってきた。その手には、おぞましい色をした液体がなみなみと注がれたグラスが握られている。
「じゃじゃーん! 特製ミックスジュース、名付けて『カオティック・レインボー・レクイエム』!」
「色が完全にドブ沼じゃねーか! レクイエムってなんだよ、飲んだら死ぬのか!」
「失礼ね! メロンソーダとコーラとカルピスとオレンジジュースを黄金比でブレンドしたのよ! ほら、結人も飲んでみて!」
「絶対腹壊すやつだろそれ! 嫌だよ!」
「いいからいいから! はい、あーん!」
陽葵がストローを俺の口元に無理やり押し付けてくる。抵抗虚しく、俺の口の中に謎の液体が流れ込んできた。
「んぐっ……!? ……あれ?」
「どお?」
「……意外と、飲める。ていうか、ちょっと美味い」
「でしょー!? 私の味覚に狂いはないのよ!」
陽葵は得意げに胸を張り、俺が口をつけたストローでそのまま自分もジュースを飲んだ。
「おまっ……それ、間接キス……」
俺が思わず指摘すると、陽葵はキョトンとした顔をした。
「は? 何言ってんの? 親友同士でそんなの気にするわけないじゃん。結人、もしかして意識しちゃった? キモっ」
「だ、誰が意識するか! バカ! お前がデリカシーなさすぎるだけだろ!」
「はいはい、照れ隠し乙〜」
陽葵の言う通り、俺たちは親友だ。一緒にいると世界中がボケとツッコミの舞台に変わる。腹を抱えて笑い合い、くだらないことで喧嘩して、また笑う。
この関係が心地よかった。女だとか男だとか、そういう面倒くさいフィルターを通さずに、素の自分でいられる相手。
だから、周りがどれだけ「付き合ってるんでしょ」と囃し立てようと、俺たちの心は揺るがなかった。俺たちは、世界で一番気が合う、ただの親友なのだ。
……そう、この時はまだ、俺も彼女も、この「居心地の良さ」の正体に気づいていなかっただけなんだ。
高校二年の夏休み。その日は、朝から空が不気味な紫色に染まっていた。
ニュースでは、数年に一度の猛烈な台風がこの地域を直撃すると繰り返し報じている。俺の両親は運悪く、数日前から親戚の不幸で県外に出かけており、家には俺一人だった。
「風、強くなってきたな……」
窓ガラスがガタガタと鳴る音を聞きながら、俺はリビングでスマホをいじっていた。すると、突然画面が光り、LINEの通知音が鳴った。相手は陽葵だ。
『結人! 助けて! 家が停電した! しかも親が旅行中で一人! 怖い! 死ぬ!』
ものすごい勢いのメッセージに、俺は思わず苦笑した。
『落ち着け。停電くらいで死なねーよ。ブレーカー確認したか?』
『した! でも地域一帯が真っ暗なの! 外は暴風雨だし、家が揺れてる! ねぇ、結人の家は? 電気ついてる?』
『おう、こっちは普通についてるぞ』
『今すぐそっち行く! 避難させて!』
『は!? お前、外歩ける状態じゃねーだろ! 危ないから家にいろ!』
俺の制止も虚しく、それから約十五分後。
ピンポーン、と我が家のチャイムが鳴った。
玄関のドアを開けると、そこには全身ずぶ濡れになり、ビニール傘の残骸(もはや布のついた骨)を握りしめた陽葵が立っていた。
「……生きてたか」
「死ぬかと思った……風で空飛べるかと思った……」
ガタガタと震えながら、陽葵が泣きそうな顔で俺を見上げる。
「バカ野郎、マジで危ねえだろ。早く入れ」
俺は慌てて彼女を家の中に引き入れ、バスタオルを頭から被せた。
「親がいないって、お前、一応女なんだから、夜に男の家に一人で転がり込んでくるなよ。警戒心ってものがないのか」
俺がタオルで彼女の髪をガシガシと拭きながら説教すると、陽葵はむすっとした顔で言い返した。
「は? お前男だったの? いつから?」
「生まれた時からだよ! 立派な戸籍上の男だわ!」
「大丈夫だよ、私の中のオスが『結人は安全だ』って太鼓判押してるから」
「お前の中にオス飼ってんのかよ! どんな生態系だよ!」
「それに、結人が私に欲情するわけないじゃん。親友だもん」
「……まあ、そりゃそうだが」
俺はため息をつきながら、俺のジャージ(ぶかぶか)を陽葵に貸して着替えさせた。
シャワーを浴びてスッキリした陽葵と、俺はリビングでカップ麺をすすっていた。外の風雨はさらに強まり、窓に打ち付ける雨音が部屋の中にまで響き渡っている。
「ふぅ、生き返った。結人の家のカップ麺、五割増しで美味しいわ」
「お前の舌がバカになってるだけだろ。……で、これからどうすんだよ。帰れねーぞ」
「泊まるに決まってるじゃん。親友のお泊まり会、開催!」
陽葵は悪びれる様子もなく、テレビのリモコンを手に取った。
「あ、これ動画配信サービス見れるじゃん。ホラー映画観ようよ!」
「は? こんな嵐の夜にホラー映画? お前、雰囲気作りがガチすぎるだろ」
「いいじゃん、吊り橋効果で私たちの友情がさらに深まるかもしれないし!」
結局、陽葵の押しに負けて、俺たちは部屋の電気を消し、海外のゾンビホラー映画を観ることになった。
映画が中盤に差し掛かり、主人公たちが暗い地下室を探索するシーン。BGMが徐々に不穏になり、緊張感が高まる。
「……ねえ、結人」
「なんだよ」
「ちょっと、怖いかも……」
陽葵が俺の袖をギュッと掴んできた。
「お前が観たいって言ったんだろうが。ほら、来るぞ……」
画面の中で、主人公がゆっくりと扉を開けた瞬間——。
ドバーーーン!!
画面いっぱいに血まみれのゾンビが飛び出してきた。
「ぎゃあああああああああ!!」
「うおおおおおおおおっ!?」
陽葵が悲鳴を上げながら、俺の腕に思い切りしがみついてきた。
「痛い痛い痛い! 腕折れる! お前の握力ゴリラか!」
「無理無理無理! もう消して! 結人、消して!」
「リモコンお前が踏んでんだろ!」
パニックになりながらもなんとか映画を停止させたが、その直後。
プツン、と。
家中の電気が一斉に消えた。
「……え?」
「……停電、だな」
外の電柱がやられたのか、完全な暗闇が部屋を包み込んだ。
「いやあああああ! ゾンビ来る! 結人、ゾンビ来ちゃう!」
「来ねーよ! 現実と映画の区別つけろ!」
陽葵は俺の腕にしがみついたまま、ガタガタと震えている。普段の元気で生意気な態度はどこへやら、今の彼女はただの怯える小動物だった。
暗闇の中、俺の腕に押し付けられる陽葵の体温と、微かに香るシャンプーの匂いが、やけに鮮明に感じられた。
(……なんだこれ。なんか、心臓が……)
ドクン、ドクンと、自分の鼓動がうるさいくらいに鳴っている。
いや、これは違う。急に暗くなったから驚いただけで、ゾンビの余韻だ。こいつは親友だ。ただの親友だ。俺は自分にそう言い聞かせた。
夜。電気は一向に復旧せず、俺たちは俺の部屋で寝ることになった。もちろん、ベッドは一つしかない。
「床で寝るなんて絶対嫌だからね。私、ベッド使うから」
「俺のベッドだぞ! じゃあ俺が床かよ!」
「結人は男でしょ! レディーファースト!」
「お前さっき自分で中身オスって言っただろ!」
散々言い争った結果、「背中合わせで寝る」という謎の妥協案に落ち着いた。
一つのベッドに、背中合わせで横になる。
窓の外では、まだ風がうなり声を上げている。
「……なあ、陽葵。寝たか?」
「……起きてる」
背中越しに、彼女の小さな声が聞こえた。
「なんか、こういうの変な感じだな。親友と背中合わせて寝るなんて」
「……そうだね。でも、結人の背中、あったかい」
「……お前もな」
暗闇の中、背中から伝わる彼女の体温が、嵐の夜の不安を少しだけ和らげてくれた。
「おやすみ、相棒」
「……うん、おやすみ、結人」
その夜、俺はなかなか寝付けなかった。背中から伝わる熱のせいか、それとも、今まで感じたことのない妙な胸のざわめきのせいか。
俺たちの「絶対的な友情」の輪郭が、少しだけ曖昧になった夜だった。
高校二年の秋。学校は文化祭の準備期間に突入し、どこもかしこも段ボールと絵の具の匂いで充満していた。
俺たちのクラスの出し物は「お化け屋敷」。俺と陽葵は、放課後の教室で段ボールを切り貼りして、墓石や棺桶を作る作業に駆り出されていた。
「ねえ結人、この墓石に『高坂結人、ここに眠る。死因:唐揚げの食べ過ぎ』って書いていい?」
「縁起でもねえこと書くな! 誰が唐揚げで死ぬか!」
いつものようにくだらない言い合いをしながら作業をしていると、教室の入り口から声がした。
「星野さーん、ちょっといいかな?」
顔を上げると、そこには三年生の先輩が立っていた。サッカー部のエースで、女子からの人気も高い、いわゆる「学校の王子様」的なイケメンだ。
「あ、藤原先輩! どうしたんですか?」
陽葵は手に持っていた筆を置き、パタパタと小走りで先輩のもとへ向かった。
「いや、生徒会の仕事でちょっと聞きたいことがあってさ。星野さん、文化祭実行委員だよね?」
「はい! なんですか?」
先輩は陽葵に顔を寄せ、親しげに話し始めた。陽葵もニコニコと笑いながら、先輩の言葉に頷いている。
「それ終わったらさ、少し休憩しない? ジュース奢るよ」
「えっ、本当ですか!? やったー!」
その光景を遠くから見ていた俺は、手元の段ボールを握りしめた。
……なんだ、あのチャラい先輩。やけに距離が近いじゃないか。それに陽葵のやつも、なんだあの猫なで声は。俺と話す時は「おい結人、唐揚げよこせ」とか言ってるくせに、イケメンの前ではあんな風に笑うのか。
胸の奥に、黒くて重い泥のような感情が渦巻くのを感じた。
「……チッ」
無意識に舌打ちが漏れる。カッターで段ボールを切る手に、無駄に力が入った。
しばらくして、陽葵がホクホク顔で戻ってきた。その手には、先輩に買ってもらったらしいパックのいちごオレが握られている。
「ただいまー。いやー、藤原先輩ってほんと優しいよね。イケメンだし気前いいし、最高!」
陽葵が嬉しそうに言うのを聞いて、俺の口から思わずトゲのある言葉が飛び出した。
「へえ、随分と楽しそうだったじゃん。お化け屋敷の作業放り出して、先輩とイチャイチャしててよかったのかよ」
俺の冷たい声に、陽葵はキョトンとした。
「は? イチャイチャなんてしてないよ。ただの打ち合わせと、ジュース奢ってもらっただけじゃん」
「そのジュースの代償が、俺一人での墓石作りかよ。お前、先輩に色目使ってんじゃないの?」
言ってから、自分でも「言い過ぎた」と後悔した。でも、口から出た言葉は戻せない。
陽葵の顔からスッと笑顔が消え、代わりに怒りの色が浮かんだ。
「……なによそれ。結人にそんなこと言われる筋合いなんてないんだけど」
「筋合いならあるだろ! 俺たち、一緒に作業する約束だったじゃねーか!」
「すぐ戻ってきたでしょ! なんなの結人、もしかして……ヤキモチ妬いてるの?」
陽葵の鋭い指摘に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
「はあ!? 誰がヤキモチなんか! 腹減って機嫌が悪いだけだ!」
「ふーん、そう。なら勝手に機嫌悪くしてれば! 私、あっちで作業するから!」
陽葵はプイッと横を向き、いちごオレを持ったまま教室の隅へ行ってしまった。
最悪だ。なんで俺はあんなこと言ったんだ。
陽葵が誰と仲良くしようが、俺には関係ないはずだ。だって俺たちは「親友」なんだから。親友に彼氏ができたら、普通は「おめでとう」って応援するのが筋だろ。
なのに、なんでこんなに腹が立つんだ。消化不良か? いや、昼飯は普通に消化しているはずだ。
モヤモヤとした感情の正体がわからないまま、俺は一人で黙々と段ボールを切り続けた。
数日後。今度は俺の番だった。
廊下を歩いていると、一年生の後輩女子に声をかけられたのだ。
「あの、高坂先輩……ですよね?」
「え? あ、うん。そうだけど」
「私、バスケ部のマネージャーやってる佐藤です。あの……ずっと前から、先輩のことかっこいいなって思ってて……」
後輩の女子は、顔を真っ赤にしてモジモジしている。完全に告白のテンションだ。
俺が戸惑っていると、背後からドスドスと重い足音が近づいてきた。
「結人ぉぉぉぉ!!」
振り返ると、鬼のような形相をした陽葵が立っていた。
「お、陽葵……」
「アンタ、こんなところで何油売ってんのよ! 早く段ボール運ぶの手伝いなさいよ!」
陽葵は俺の腕をガシッと掴み、後輩の女子をギロリと睨みつけた。
「あ、あの……星野先輩……」
「ごめんね佐藤ちゃん! このバカ、今から力仕事があるから! じゃあね!」
陽葵は有無を言わさず、俺を強引に引っ張ってその場から連れ去った。
空き教室に押し込まれ、俺は陽葵に文句を言った。
「おい、急になんだよ! せっかく後輩の可愛い女の子といい雰囲気だったのに!」
すると陽葵は、腕を組んで不機嫌そうに唇を尖らせた。
「……あの子、可愛かったねー。結人にはもったいないくらい」
「なんだよその言い方。お前、なんで怒ってんの?」
「怒ってない! 全然怒ってないし!」
「いや、どう見ても怒って……」
「怒ってないってば! バカ結人! クレープ奢れ!」
陽葵は俺のすねを軽く蹴り飛ばし、プイッと顔を背けた。
その横顔を見て、俺はふと、数日前の自分の感情を思い出した。
(……なんだ。こいつも、俺と同じじゃん)
お互い、口では「親友だ」と言い張りながら、相手が他の異性といると無性に腹が立つ。
このモヤモヤの正体は、消化不良なんかじゃない。
俺たちは、お互いに「親友が取られるのが寂しいだけだ」と、必死に自分に言い訳をしているだけなのだと、この時の俺は薄々気づき始めていた。

高校二年の冬。街はクリスマス一色に染まっていた。
「さっむ……!」
駅前の広場。巨大なクリスマスツリーが青や金のイルミネーションで輝く中、俺と陽葵は待ち合わせをしていた。
「遅いぞ陽葵。何分待たせる気だ」
「ごめんごめん! 髪のセットに手こずっちゃってさ」
小走りで駆け寄ってきた陽葵を見て、俺は一瞬、息を呑んだ。
いつもは制服か、ラフなパーカー姿ばかりの彼女が、今日は白いニットのワンピースに、キャメル色のダッフルコートを着ていた。少しだけメイクもしているのか、街灯に照らされた顔が、いつもより大人びて見える。
「……なんだよその格好。気合い入れすぎだろ」
照れ隠しでそう言うと、陽葵はむすっとした。
「失礼ね! せっかくのクリスマスなんだから、少しはおしゃれさせてよ。私たち『親友同士の非リア充クリパ』っていう名目なんだから、せめて雰囲気だけでも楽しまないと!」
「はいはい。じゃあ、とりあえず予約してた店行くぞ」
街を歩くと、すれ違うのは腕を組んだり手をつないだりしているカップルばかりだ。
その中を、俺たちは少しだけ距離を空けて歩いていた。いつもなら、肩がぶつかるくらい近くを歩いて、くだらない冗談を言い合いながらゲラゲラ笑っているのに。今日はなぜか、お互いに口数が少なかった。
「……なあ、結人」
「ん?」
「今日、なんか……周りの目、気にならない?」
陽葵がチラチラと周囲を見渡しながら言う。
「そりゃ、周りはカップルだらけだからな。俺たちみたいな男女のペアが歩いてたら、まあ、そういう風に見られるだろ」
「だよね……。私たちって、周りから見たら……カップルに見えてるのかな」
「……さあな。でも、俺たちは親友だろ?」
俺がいつものように「親友」という言葉を使うと、陽葵は少しだけ俯き、小さな声で呟いた。
「……うん。親友、だよね」
その声に、なぜか胸がチクリと痛んだ。
今まで、俺たちを守る絶対的な盾だったはずの「親友」という言葉が、今日はひどく窮屈に感じられた。
ふと陽葵の手元を見ると、彼女はコートの袖を伸ばし、真っ赤になった手をすり合わせている。
「お前、手袋はどうしたんだよ」
「あー……急いでたから、玄関に忘れてきちゃった」
「バカか。外の気温、二度だぞ」
俺はため息をつき、自分がはめていた手袋の片方を外し、彼女に差し出した。
「ほら、片方貸してやる。ないよりマシだろ」
「えっ、いいの? 結人の手が冷たくなっちゃうよ」
「いいから。ほら」
俺が強引に手袋を渡そうとすると、陽葵は少し躊躇した後、おずおずとその手袋を受け取った。
「……あったかい」
手袋をはめた陽葵が、ふにゃっと笑う。
でも、もう片方の手はまだ寒そうに空気を掴んでいる。
俺は、無意識のうちに、その空いている彼女の左手を取った。
「えっ……!?」
驚いて顔を上げる陽葵。
俺はそのまま、彼女の手を握りしめ、自分のコートの右ポケットの中に突っ込んだ。
「……っ! ゆ、結人!?」
「……こっちの手も寒いだろ。俺のポケットに入れとけ。カイロ入ってるから」
ポケットの中の狭い空間で、俺の手と陽葵の手が重なり合う。彼女の手は氷のように冷たかったが、次第に俺の体温が移り、温かくなっていくのを感じた。
「ちょ、ちょっと、これ……」
陽葵の顔が、イルミネーションの光のせいではなく、はっきりと赤く染まっているのがわかる。
「……嫌か?」
俺が少し意地悪く聞くと、陽葵は首を横に振った。
「嫌じゃ……ないけど。でも、これって……親友がやること、じゃないよね?」
「……」
俺は答えられなかった。
親友がやることじゃない。わかっている。男同士なら絶対に手なんかつながない。
じゃあ、なんで俺はこんなことをしているのか。
ポケットの中で、陽葵の指が少しだけ俺の指に絡みついてきた。そのかすかな力が、俺の心に決定的な答えを突きつけた。
ああ、そうか。
俺は、こいつのことが好きなんだ。
いつからだろう。一緒にゲームをして笑い合った時か。嵐の夜に背中を合わせた時か。それとも、他の男といるのを見て腹が立った時か。
いつの間にか、俺の中で「親友」という器では収まりきらないくらい、星野陽葵という存在が大きくなっていたのだ。
「……陽葵」
「なに?」
「俺たち……もう、ただのバカやってるだけの関係には、戻れないのかもな」
俺の言葉に、陽葵は少しだけ目を伏せ、そして、ポケットの中の俺の手を強く握り返してきた。
「……そうだね。戻りたくない、かも」
クリスマスの夜。寒空の下、ポケットの中で繋がれた手。
それは、俺たちが「親友」という殻を破り、新しい関係へと踏み出すための、小さな、でも確かな合図だった。

二月十四日。バレンタインデー。
学校中が浮き足立つこの日、俺は一日中、どこか落ち着かない気分で過ごしていた。
朝から靴箱を確認し、机の中を探り、移動教室のたびにカバンの中をチェックした。もちろん、目当てのものは一つしかない。陽葵からのチョコレートだ。
しかし、昼休みになっても、放課後になっても、陽葵からチョコを渡される気配はなかった。
「あいつ……まさか忘れてるんじゃないだろうな」
俺がブツブツと文句を言いながら帰り支度をしていると、スマホが震えた。
『放課後、屋上に来て。一人で』
陽葵からの短いメッセージ。それを見た瞬間、俺の心臓は跳ね上がり、早鐘のように打ち始めた。
「……行くしかねえだろ」
冬の屋上は、凍えるように寒かった。
夕日に染まる空の下、フェンスのそばに陽葵が立っていた。風に揺れるショートボブの髪を耳にかけ、俺の足音に気づいて振り返る。
「……遅い」
「お前が急に呼び出すからだろ。……で、なんだよ。こんな寒空の下で」
俺が平静を装って近づくと、陽葵は少しだけ俯き、背中に隠していた両手を前に出した。
その手には、可愛らしいピンク色のラッピングが施された、小さな箱が握られていた。
「……これ」
陽葵が、その箱を俺の胸元に押し付けてくる。
「……義理チョコか?」
俺がわざと意地悪く聞くと、陽葵は顔を真っ赤にして、俺の胸を軽く叩いた。
「バカ! こんな気合い入れた義理チョコあるか! 夜中の三時までかかって作ったんだからね!」
「……ってことは」
「……本命に、決まってんじゃん」
消え入るような小さな声。でも、その言葉は俺の耳に、そして心に、はっきりと届いた。
俺は箱を受け取り、陽葵の顔を見つめた。
いつもはふざけ合って、大口を開けて笑っている彼女が、今は緊張で唇を震わせ、泣きそうな顔をしている。
「……お前、俺たちは最高の親友じゃなかったのかよ」
俺がそう言うと、陽葵はポロポロと涙をこぼし始めた。
「親友だよ……! 今でも、世界で一番気の合う相棒だと思ってる。一緒にバカやって、ゲームして、唐揚げ奪い合って……そういう時間が、本当に楽しくて、大好きだった」
陽葵は袖で涙を拭いながら、必死に言葉を紡ぐ。
「でも……それだけじゃ、足りなくなったの。結人が他の女の子と話してるのを見ると胸が痛いし、クリスマスの日に手をつないだ時から、ずっと結人のことばっかり考えてる。……私、もう結人の『ただの親友』じゃ、我慢できない」
その言葉を聞いて、俺の心の中にあった最後の迷いが完全に吹き飛んだ。
俺は、手に持っていたチョコの箱をコートのポケットにしまい、泣いている陽葵の肩を両手でガシッと掴んだ。
「……結人?」
「奇遇だな。俺も全く同じこと思ってた」
俺の言葉に、陽葵が目を丸くする。
「お前が先輩と仲良くしてるの見て、はらわた煮えくり返るくらいムカついたし、お前が俺のジャージ着てベッドで隣に寝た時から、ずっと変に意識してた」
「えっ……あの時から!?」
「ああ。だから、俺の方こそ、もう『親友』なんていう便利な言葉で逃げるのはやめだ」
俺は陽葵の肩から手を離し、今度は彼女の右手を取った。
「星野陽葵。お前は最高にバカで、うるさくて、デリカシーがなくて、俺の唐揚げを勝手に食う最低の女だけど……俺は、そんなお前のことが、世界で一番好きだ」
夕日の光が、二人の影を屋上の床に長く伸ばしている。
「俺と、付き合ってください」
真っ直ぐに彼女の目を見て、想いを伝えた。
陽葵はしばらくの間、呆然と俺を見つめていたが、やがて、いつものような、太陽みたいに明るい笑顔を浮かべた。
「……しょうがないな。結人みたいな石頭の面倒見れるのは、世界中探しても私くらいしかいないしね」
「なんだその上から目線。お前こそ、俺がいないと数学赤点だらけだろうが」
「うるさい! そこはロマンチックに『俺も陽葵しかいない』って言うところでしょうが!」
「バカ、恥ずかしいこと言わせんな!」
俺たちは、お互いに照れ隠しで笑い合った。
涙を流しながら笑う陽葵の顔が、たまらなく愛おしかった。
「……じゃあ、今日から私たちは、親友じゃなくて、恋人だね」
「ああ。最高に気が合う、バカップルの誕生だな」
「ふふっ。……ねえ、結人」
「ん?」
「恋人になったんだからさ……こういうの、してもいいよね?」
陽葵は背伸びをして、俺のコートの襟を引っ張った。
そして、夕日に染まる屋上で、俺たちは初めてのキスをした。
不器用で、ちょっとだけ歯がぶつかって、「痛っ」と笑い合うような、俺たちにぴったりの、バカみたいに愛しいキスだった。
友情の終わり。そして、俺たちの新しい関係の始まり。
ここから先は、ただの「親友」じゃ見られなかった景色が待っているはずだ。
春。三年生になった俺たちは、相変わらず同じクラスになり、相変わらず隣の席に座っていた。
「あー、だるい。朝から数学とか拷問かよ」
「結人、文句言わないの。ほら、ちゃんとノート写して。xくんが泣いてるわよ」
「お前のその擬人化マジでやめろって言ってんだろ!」
朝のホームルーム前、いつものようにギャーギャーと騒いでいると、クラスメイトの男子がニヤニヤしながら近づいてきた。
「お前ら、相変わらず朝から元気だなー。ていうか、ついに付き合ったんだって?」
その言葉に、クラス中の視線が一斉に俺たちに集まる。
「えっ、マジ!? あの『絶対付き合わない同盟』の二人が!?」
「だから前から言ってたじゃん! 絶対怪しいって!」
囃し立てるクラスメイトたちに向かって、俺は立ち上がり、胸を張って宣言した。
「お前ら、勘違いするなよ! 俺たちは今でも最高の親友だからな!」
すると、陽葵も隣でウンウンと力強く頷いた。
「そうそう! 私たちの絆は男同士の友情みたいなもんだから! ただ、その親友関係がちょっとだけレベルアップして、『彼氏と彼女』っていうオプションがついただけ!」
「オプションってなんだよ! メインだろそこは!」
「えー? だって、やってること今までと全然変わんないじゃん。ゲームして、漫画貸し借りして、ご飯食べて」
「まあ、確かにそうだけど……」
実際、恋人同士になったからといって、俺たちの関係が劇的に甘々になったわけではない。
休日のデートは相変わらずゲーセンで格ゲー対決だし、LINEのやり取りはスタンプの連打合戦だ。
「あ、そういえば結人。今日のお弁当、唐揚げ入ってる?」
「入ってるけど、絶対やらねーからな。今日は死守する」
「ケチ! いいじゃん、彼女の特権として一つ頂戴よ!」
「彼女の特権を唐揚げに使うな! お前の卵焼きと交換なら考えてやらんでもない」
「よし、交渉成立! お前のものは私のもの、私のものは私のものよ!」
「ジャイアンかお前は!」
俺たちの掛け合いを見て、クラスメイトたちは「相変わらずバカップルだな……」と呆れ顔で席に戻っていった。
でも、それでいい。
俺たちは、こういう「バカで騒がしい日常」が大好きで、それが二人の基本ベースなのだから。
放課後。
俺たちは一緒に帰り道を歩いていた。
夕焼けに染まる通学路。一年生の時、初めて一緒に帰ったあの日のように。
「なあ、陽葵」
「んー?」
「……手、つなぐぞ」
俺が少しだけぶっきらぼうに言うと、陽葵は嬉しそうに目を細めた。
「うんっ」
俺の右手に、陽葵の左手がスッと重なる。親友の時は絶対にやらなかった、指を絡ませる『恋人つなぎ』だ。
手のひらから伝わる彼女の体温が、心地よく心を満たしていく。
「ねえ結人。私たち、周りから見たらどんなカップルに見えるのかな」
「さあな。相変わらず『うるさいバカップル』って思われてんじゃねーの」
「えー、もっとこう、『美男美女の爽やかカップル』とか言われたいのに」
「鏡見てから言え。あと、唐揚げくわえながら言うセリフじゃねえぞそれ」
買い食いしたコンビニの唐揚げ棒をモグモグと頬張りながら言う陽葵に、俺は呆れてため息をついた。
でも、ふとした瞬間。
陽葵が歩みを止め、俺を見上げた。
「……結人」
「ん?」
唐揚げを飲み込んだ陽葵は、つないだ手をグイッと引き寄せ、つま先立ちになった。
そして、誰もいない夕暮れの路地裏で、俺の唇にチュッと、羽のように軽いキスを落とした。
「……っ!」
不意打ちのキスに、俺の顔が一気に熱くなる。
「……唐揚げの味がした」
俺が文句を言うと、陽葵はいたずらっぽく笑った。
「でしょ? 私の愛と唐揚げのスパイスが詰まった、特製キスだよ」
「バカ。そういうのは、せめて口の中が空っぽの時にやれ」
「えー、じゃあもう一回やり直す?」
「……バカ」
俺は、繋いでいない方の手で彼女の頭を軽く引き寄せ、今度は俺の方から、しっかりと唇を重ねた。
夕日の光が、二人の影を一つに溶かしていく。
甘くて、騒がしくて、最高にバカみたいな俺たちの関係。
「親友」という枠を飛び越えて、「恋人」という新しい名前をもらった俺たちの日常は、これからもずっと、ボケとツッコミと笑い声で満ち溢れていくのだろう。
「これからもよろしくな、俺の最高の相棒」
「うん、よろしく。私の、世界で一番大好きな彼氏」
俺たちの最高にバカで愛しい『友情』は、どうやら『恋』と呼ばれているらしい。
そしてその恋は、これから先もずっと、ゲームのコンティニューみたいに終わりなく続いていくのだ。
【完】