表紙

俺たちは赤い糸じゃない、鋼の悪友カップル

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タイトル:『俺たちは運命の赤い糸じゃなく、鋼の鎖で繋がった最強の"悪友"カップルである』


【第1章】ゲーセンの乱入者と、始まった爆音の友情

「そこだ、もらったァッ!」
「甘いわよ! ガードからの確反、食らいなさい!」
鼓膜を揺らす重低音と、電子音が入り乱れる薄暗いゲームセンターの一角。俺、相沢拓也(あいざわ たくや)は、額にじっとりと汗を滲ませながらアーケード筐体のスティックを弾いていた。
画面の中では、俺の操る大剣使いのキャラクターが、相手の素早い格闘家の猛攻をギリギリのところで凌いでいる。
大学に入学してすぐの春。講義の空き時間を持て余してふらりと立ち寄ったゲーセンで、俺はひたすら対戦格闘ゲームの連勝記録を伸ばしていた。10連勝を超えたあたりで、突然反対側の筐体にコインが投入される音が響いた。乱入者だ。
「へっ、どこのどいつか知らないが、俺の連勝記録の養分にしてやるよ」
そう軽口を叩いて始まった試合だったが、相手は信じられないほど強かった。反応速度、コンボの正確さ、そして何よりこちらの心理を読み切ったかのようなフェイント。
「くっそ、マジで強ぇ……!」
「ふふん、どうしたの? さっきまでの勢いがないわよ!」
筐体越しに聞こえてきたのは、予想に反して高く澄んだ、それでいて挑発的な女の子の声だった。
激しい攻防の末、画面に『K.O.』の文字がデカデカと表示される。結果は、俺のキャラクターが地面に突っ伏し、相手のキャラクターが勝利のポーズを決めていた。
「あーっ! クソッ、負けた!」
俺は思わず天を仰ぎ、スティックから手を離した。連勝を止められた悔しさはあったが、それ以上に、全力を出し切ったという妙な爽快感が胸を満たしていた。
「ふぅ、いい勝負だったわ。あんた、なかなかやるじゃない」
ひょっこりと隣の筐体から顔を出したのは、肩のラインで切りそろえられた茶髪のショートボブが似合う、やけに目鼻立ちのはっきりした女子だった。大きな瞳が、勝利の優越感と純粋な楽しさでキラキラと輝いている。
「お前……いや、君が今のプレイヤーか? マジで強かったわ。俺、ここまでボコボコにされたの久しぶりだ」
「君じゃなくて、星野結衣(ほしの ゆい)。伊達にこのゲームに青春注いでないからね。でも、あんたのあのギリギリでの避け、マジで焦ったわ。一歩間違えたら私の方が負けてた」
「俺は相沢拓也。いやー、あの確反は見事だった。マジで完敗だわ」
お互いにゲームの腕を認め合い、そこからはまるで長年の戦友のようにゲーム談義に花が咲いた。フレーム単位の駆け引き、キャラの相性、アップデートへの不満。気づけば俺たちはゲーセンを出て、近くの家系ラーメン屋のカウンターに並んで座っていた。
「でさ、あの技の隙をどう誤魔化すかが……って、おい拓也! 私のチャーシュー勝手に取ったでしょ!」
「早い者勝ちだろ、バカ。隙を見せるお前が悪い。格ゲーと同じだ」
「はあ!? ラーメンと格ゲーを一緒にすんな! 返せ私の肉!」
「もう胃袋の中だよ。ほら、代わりに海苔やるから」
「海苔でチャーシューの代わりになるわけないでしょ! この極悪人!」
初対面だというのに、俺たちの間には不思議なほど壁がなかった。結衣は見た目こそ華やかで可愛いらしい女子大生だが、中身は完全に「気の合う男友達」そのものだった。遠慮も建前もなく、思ったことをそのままぶつけ合える。
「……お前、最高だな」
ラーメンのスープを飲み干し、俺はふとそう漏らした。
「ん? なにが?」
「いや、こんなに気兼ねなくバカ話できるやつ、大学入って初めてだわ。お前、最高のダチだわ」
俺がニカッと笑って言うと、結衣も目を丸くしたあと、ふっと悪戯っぽく笑い返した。
「あんたもね。初対面でチャーシュー奪うようなやつは初めてだけど、まあ、悪くないわ。特別に、私の親友第一号に認定してあげる」
「上から目線だな、おい。まあいいや、これからよろしくな、相棒!」
「ええ、よろしく! 次は絶対チャーシュー死守するからね!」
こうして、俺と結衣の、性別を超えたやかましくも最高の「友情」が幕を開けたのだった。


【第2章】俺たちの日常は、息をするように漫才化する

学食で結衣が拓也の唐揚げを奪おうとする、日常の漫才のような昼食シーン
学食で結衣が拓也の唐揚げを奪おうとする、日常の漫才のような昼食シーン

大学2年の秋。俺と結衣が「親友」となってから、1年半の月日が流れていた。
大学の広々とした学生食堂は、昼時ということもあって大勢の学生で賑わっていた。俺と結衣はいつものように向かい合って座り、昼食をとっていた。
「おい結衣、お前また俺の唐揚げ狙ってただろ。目が完全にハンターのそれだったぞ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。ただ、その唐揚げが『私に食べられたがっている』という声が聞こえただけよ」
「幻聴だろそれは。病院行け」
「あんたの愛のない胃袋に収まるより、私のところで幸せになりたいって唐揚げが泣いてるの!」
「唐揚げの代弁者ぶるな! ほら、お前のハンバーグとトレードなら許してやる」
「仕方ないわね。等価交換の法則よ」
俺たちは息をするようにボケとツッコミを繰り返し、箸を交差させておかずを交換する。もはやこれが俺たちの日常風景であり、一種のスポーツのようなものだった。
「……お前ら、相変わらず夫婦漫才みたいなことしてんな」
呆れたような声とともに隣に座ってきたのは、共通の友人である山田だった。
「夫婦じゃねえよ。俺とこいつは、ただの最強の親友だからな」
俺が即座に否定すると、結衣も口いっぱいに唐揚げを頬張りながら激しく頷いた。
「そうそう! むしろ戦友? 悪友? 拓也なんて、ただの便利な唐揚げ供給機だし」
「誰が供給機だ。お前は俺のハンバーグ処理係だろうが」
「あのさぁ……」と山田は頭を抱えた。「お前ら、それだけ息ピッタリで、いつも一緒にいて、付き合ってないって無理があるだろ。周りから見たら完全にバカップルだぞ」
「「いや、親友だから!」」
俺と結衣は、一寸の狂いもなく見事にハモった。
「ほら、そういうとこだよ!」と山田がツッコミを入れるが、俺にはなぜ山田がそこまで言うのか心底わからなかった。
結衣は確かに可愛い。顔立ちも整っているし、スタイルも悪くない。だが、俺にとってこいつは「結衣」という一つの独立したジャンルであり、「女性」として意識する対象ではなかった。
「あ、拓也。そのメロンソーダ一口ちょうだい。私のお茶じゃ口の中の脂っこさが消えない」
「おー、ほれ」
結衣は何の躊躇いもなく、俺がさっきまで口をつけていたストローを咥え、メロンソーダをチューッと吸い込んだ。
「ぷはー! やっぱり唐揚げの後は炭酸に限るわね!」
「お前、一気に半分以上飲みやがったな! 俺の食後の楽しみが!」
「減るもんじゃないし、いいでしょ! ケチくさい男はモテないわよ」
「お前のせいで減ってんだよ!」
俺たちがギャーギャーと騒いでいると、山田が死んだような目でこちらを見ていた。
「……お前ら、今普通に間接キスしたよな? 意識しないの?」
「は? 間接キス?」
俺と結衣は顔を見合わせる。
「なに言ってんの山田。小学生じゃないんだから」と結衣が鼻で笑う。「ペットボトルの回し飲みとか普通でしょ。私たちは鋼の絆で結ばれた親友なのよ。そんなんでいちいち意識してたら、一緒に戦場は生き残れないわ」
「お前らどこの戦場にいるんだよ……。もういい、俺が間違ってたわ。勝手にイチャついてろ」
山田は諦めたようにため息をつき、自分のカツカレーに向き直った。
「なんだあいつ、急に不機嫌になって」
「さあ? 彼女いない歴=年齢の僻みじゃない? あ、拓也の口元、ケチャップついてる」
「マジ? どこ?」
「右。ほら、貸して」
結衣は自分のハンカチを取り出し、俺の口元をゴシゴシと無造作に拭き取った。
「いってぇ! お前、もうちょっと優しく拭けよ! 皮膚が剥がれる!」
「男なんだからこれくらい我慢しなさい! ほら、綺麗になった」
「……おう。サンキュ」
こんな風に、俺たちの距離感はバグっているとよく言われる。だが、俺たちはただの親友だ。恋愛感情なんて、この鋼の友情の前には微塵も存在しない。そう、この時までは、俺も結衣も本気でそう信じて疑わなかったのだ。


【第3章】終電逃しからの、お泊まりサバイバル

「終わんねぇ……マジで終わんねぇ……」
深夜2時。俺の住むワンルームアパートの六畳間には、絶望に満ちた俺のうめき声だけが響いていた。
机の上には散乱したレジュメと、真っ白なWord画面が映し出されたノートパソコン。明日の朝が提出期限の、文字数五千字のレポート。現在の文字数、わずか五百字。
「自業自得でしょ。私が一週間前から『早く手ぇつけなさいよ』って言ったのに、パチンコだの新作ゲームだのにうつつを抜かしてるからそうなるのよ」
俺のベッドの上で、あぐらをかきながらポテトチップスをかじっている結衣が、冷酷な事実を突きつけてくる。
今日は結衣も自分のレポートを仕上げるため、夕方から俺の部屋に来ていた。だが、優秀な結衣はすでに数時間前に課題を終わらせ、今は完全にくつろぎモードに入っていた。終電もとっくに無くなっているため、今夜はここで朝を明かす予定だ。
「そんな正論で殴るなよ……。親友が困ってんだから、ちょっとくらい手伝ってくれたっていいだろ」
「お断りします。私は親友を甘やかすような真似はしない主義なの。それに、あんたの単位が落ちても私の人生には一ミリも影響ないし」
「冷てぇ! お前の血は青色か!」
「うるさい。ほら、手ぇ動かす。あと四千五百字、朝までに終わらせないと留年リーチでしょ」
「くそっ、鬼! 悪魔! 星野結衣!」
ブツブツと文句を言いながら、俺は再びキーボードを叩き始めた。だが、深夜の魔力というのは恐ろしい。集中力はとうの昔に切れ、視界の端に入るテレビの真っ黒な画面が、俺に『ゲームをやろうぜ』と語りかけてくるような気がしてならない。
「……なぁ、結衣」
「ダメ。スマブラは絶対にダメ」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「顔に『現実逃避したい』って書いてあるのよ。見え透いてるわ」
結衣はため息をつき、ベッドから降りてくると、俺の隣に座り込んだ。
「仕方ないわね。私が監視しててあげるから、さっさと書きなさい。ほら、この参考文献のここ、使えるんじゃない?」
「おっ、マジだ。サンキュ結衣。お前、ほんとそういうとこ神だな」
「ふふん、もっと崇めてもいいわよ」
結衣のアドバイスのおかげで、少しずつ文字数が増えていく。隣に座る結衣からは、シャンプーの微かなフローラルの香りが漂ってきて、それが妙に心地よかった。
それから二時間ほど無言で作業を続け、ついに文字数カウンターが五千字を突破した。
「……終わった。結衣、俺やったよ……!」
歓喜の声を上げて隣を振り向くと、そこにはスースーと規則正しい寝息を立てる結衣の姿があった。
壁に寄りかかり、腕を組んだまま完全に寝落ちしている。
「なんだよ、監視するって言ってたのに、自分が寝てどうすんだ」
呆れながらも、俺はそっと結衣の顔を覗き込んだ。
普段はギャーギャーとうるさく、表情をコロコロと変える結衣だが、寝顔は驚くほど静かで、無防備だった。長いまつ毛が頬に影を落とし、少しだけ開いた柔らかそうな唇から、小さな寝息が漏れている。
「……こいつ、黙ってれば普通に美少女なんだよな」
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
いつもなら「サル」だの「ガサツ」だの言い合っているのに、こうして静かに寝ている姿を見ると、結衣が「女の子」であることを急に突きつけられたような気がした。
心臓が、トクンと一つ、普段とは違うリズムで跳ねた。
「……いやいやいや!」
俺は慌てて首を振った。
「なに考えてんだ俺は。こいつは結衣だぞ。チャーシューを強奪し、俺のジュースを飲み尽くす、極悪非道な親友だぞ。変な気起こしてどうする」
自分に言い聞かせるように呟き、俺はベッドにあったタオルケットを手に取ると、結衣の肩にバサッと無造作にかけた。
「んん……たくやぁ、唐揚げ……」
寝言でまで俺から唐揚げを奪おうとしているのか。
「……ほんと、色気もクソもねえな」
俺は小さく笑い、先ほどの妙な胸のざわめきを「深夜のテンションが引き起こしたバグ」として処理することにした。だが、この日を境に、俺の中で何かが確実に狂い始めていたことに、俺はまだ気づいていなかった。


【第4章】親友の隣に立つ見知らぬ男への、名状しがたい殺意

大学のキャンパスは、秋の深まりとともに色づくイチョウ並木が美しかった。
講義を終えた俺は、次の約束である結衣との「ゲーセンでのリベンジマッチ」に向かうため、待ち合わせ場所である中庭のベンチへと足を向けていた。
「おっ、いたいた」
遠くから結衣の後ろ姿を見つけ、俺は声をかけようと手を挙げた。だが、その声は喉の奥でピタリと止まった。
結衣の隣に、見知らぬ男が立っていたからだ。
高身長で、爽やかな短髪。服装もこなれていて、いかにも「大学のイケメン」というオーラを纏っている。俺の記憶が正しければ、あれはバスケ部のエースで、女子から絶大な人気を誇る三年生の先輩だ。
先輩は結衣に顔を近づけ、何かを親しげに話しかけている。結衣も満更でもないような笑顔を浮かべ、時折少し恥ずかしそうに俯いたりしている。
「……なんだ、あれ」
俺の足は完全に止まっていた。
普段、俺の前で見せるガサツで遠慮のない笑顔とは違う。どこか「女の子」らしさを意識したような、少しよそよそしい、でも嬉しそうな表情。
その瞬間、俺の胸の奥で、ドス黒くて重たい何かがドロリと湧き上がった。
『あいつは俺の親友だ。俺の相棒だ。なのに、なんであんな知らない男の前で、あんな顔してんだよ』
理屈ではわかっている。結衣にだって交友関係はあるし、恋愛の自由もある。親友だからといって、俺が彼女の行動を縛る権利なんてどこにもない。
でも、頭の理解とは裏腹に、感情が全く追いつかない。腹の底から、名状しがたい苛立ちと、見知らぬ男への強烈な敵対心が湧き上がってくる。
気づけば、俺はズカズカと足音を立てて二人の間へと歩み寄っていた。
「あ、結衣ちゃん。今度の週末さ、よかったら二人でご飯でも――」
「わりぃ先輩。こいつ、俺と用事あるんで」
俺は先輩の言葉を遮るように、結衣の腕をガシッと掴んだ。
「えっ? ちょ、拓也!?」
結衣が驚いて目を丸くする。先輩も、突然現れた俺に怪訝な表情を向けた。
「君は……結衣ちゃんの友達?」
「友達っていうか、親友です。で、俺たちこれから大事な『死闘』が控えてるんで。じゃあな、行くぞ」
「えっ、ちょっと待ってよ拓也! 痛い痛い、腕引っ張んないで!」
俺は先輩の返事も待たず、結衣の腕を引いてその場から強引に立ち去った。背後で先輩が何か言っていたかもしれないが、そんなことは知ったことではなかった。
中庭から少し離れた校舎の裏手まで来たところで、結衣が俺の手を振り払った。
「ちょっと! なにすんのよ、いきなり!」
結衣は腕をさすりながら、怒ったように俺を睨みつけた。
「……別に。約束の時間過ぎてたから迎えに行っただけだろ」
「過ぎてないわよ! まだ五分前だったし! せっかく先輩といい感じだったのに、邪魔しないでよね!」
「いい感じって……お前、あんなチャラそうな男が好きなのかよ」
俺の口から出た声は、自分でも驚くほど低く、棘があった。
「はあ? チャラくないわよ、バスケ部のエースで超優しくてカッコいいんだから! あんたみたいな唐揚げバカとは大違いよ!」
「……あっそ。じゃあ俺なんて放っといて、あのイケメン先輩とイチャイチャしてくればよかっただろ」
「なによその言い方。私がいつあんたを放っておくって言ったのよ。約束は約束でしょ。……拓也、今日なんか変だよ。どうしたの?」
結衣の怒っていた表情が、少し心配そうなものに変わる。
その顔を見た瞬間、俺の中で渦巻いていた怒りが、スッと行き場を失った。
「……なんでもねえよ」
俺は深くため息をつき、頭をガシガシと掻いた。
「なんでもない。腹減ってイライラしてただけだ。……ゲーセンの前に、ラーメン行くぞ。チャーシュー奢ってやるから」
「えっ、マジで!? 拓也がチャーシュー奢るなんて、明日雪降るんじゃない!?」
結衣の顔がパァッと明るくなる。その単純な笑顔に、俺は少しだけ救われた気がした。
「うるせえ。気が変わらないうちに行くぞ」
俺たちはいつものように並んで歩き出す。結衣は隣で「今日は特盛にしちゃおっかなー」と無邪気に笑っている。
俺はポケットに手を突っ込みながら、先ほど自分の胸を焼いた感情の正体について考えていた。
ただの親友が他の男と話しているだけで、あんなに腹が立つものだろうか。あんなに、誰かに取られてしまうのではないかと、焦燥感に駆られるものだろうか。
『……いや、気のせいだ。親友を取られるのが寂しかっただけだ。子供の独占欲みたいなもんだ』
俺は必死に自分に言い聞かせた。この感情に明確な名前をつけてしまったら、俺たちのこの心地よい「友情」という関係が、根底から崩れ去ってしまうような気がして恐ろしかったのだ。


【第5章】バグった心拍数と、友情の定義の崩壊

夏の終わりの蒸し暑い夜。俺と結衣は、地元の神社で開催されている夏祭りに来ていた。
「どうせお前、暇だろ」「そっちこそ、ぼっちで寂しいんでしょ」という、いつもの憎まれ口の叩き合いから決まった予定だった。
神社の入り口の鳥居の下で待っていると、人ごみの中からカランコロンと下駄の音を鳴らして結衣が歩いてきた。
「おっそい! 待ちくたびれたわよ!」
振り向いた俺は、そのまま言葉を失った。
いつものTシャツにデニムというラフな格好ではなく、結衣は紺地に鮮やかな朝顔が描かれた浴衣を着ていた。肩まであった髪は綺麗にアップに結い上げられ、普段は見えない白いうなじが露わになっている。ほんのりと薄化粧までしていて、いつものガサツな親友とはまるで別人のようだった。
「……お、おう。わりぃ」
俺は咄嗟に目を逸らし、視線を宙に泳がせた。
「なによその反応。どうよ、私の浴衣姿! 惚れ直した?」
結衣が両手を広げて、くるりとその場で回ってみせる。
「バ、バカ言ってんじゃねえよ。中身がサルなんだから、浴衣着ても着飾ったサルにしか見えねえよ」
動揺を隠すために、わざと憎まれ口を叩く。だが、心臓は自分でも引くくらいバクバクと音を立てていた。
「はあ!? あんたほんっとにデリカシーないわね! 綺麗だねの一言くらい言えないわけ!?」
「言えるか! ほら、さっさと行くぞ。たこ焼き売り切れるだろ」
俺は照れ隠しに足早に歩き出した。結衣は「あ、ちょっと待ってよ!」と文句を言いながら小走りでついてくる。
屋台が並ぶ参道は、尋常ではない人の数だった。家族連れやカップルがひしめき合い、前に進むのすら困難な状況だ。
「おい、結衣、あんまり離れるなよ。迷子になるぞ」
「子供扱いすんな! あんたこそ私を見失わないでよね……きゃっ」
ドンッ、とすれ違った大柄な男にぶつかられ、結衣が体勢を崩した。下駄を履き慣れていないためか、足首を捻りそうになる。
「おい、危ねえな!」
俺は咄嗟に手を伸ばし、結衣の右手をガシッと強く握りしめた。
「……拓也?」
結衣が驚いたように顔を上げる。
「はぐれないように、しっかり掴まっとけ。お前、ガキみたいにすぐどっか行っちゃうからな」
俺はわざとぶっきらぼうに言い捨て、そのまま結衣の手を引いて歩き出した。
「……だから、子供扱いすんなってば」
背後から聞こえた結衣の声は、怒っているというより、どこかくぐもって照れているように聞こえた。
繋いだ手。いつもゲームのコントローラーを奪い合ったり、ハイタッチをしたりしている手。なのに、今こうしてしっかりと握り合っていると、結衣の手がひどく小さくて、柔らかくて、熱を持っていることに気づかされる。
手のひらから伝わってくる結衣の体温が、俺の全身の血液を沸騰させていくようだった。
うるさい。心臓の音がうるさすぎる。屋台の喧騒やお囃子の音よりも、自分の鼓動の方が大きく聞こえる。
『……ああ、クソ。もう、誤魔化しきれねえな』
俺は夜空を見上げ、深く息を吐き出した。
ずっと「親友」だと言い張ってきた。間接キスをしても、一晩同じ部屋で過ごしても、これは「男同士の友情」のようなものだと自分を騙してきた。
だが、他の男に嫉妬して怒り狂う感情も、浴衣姿に見惚れてしまう動揺も、繋いだ手に爆発しそうになる心臓も、すべてが「友情」という箱にはもう収まりきらない。
俺は、星野結衣という「女の子」が好きなんだ。
いつからだ? 最初からか? それとも、あの夜寝顔を見た時か? わからない。だが、これだけははっきりと自覚してしまった。
俺はもう、こいつの横で「親友」という仮面を被り続けることはできない。
「……拓也? どうしたの、急に立ち止まって」
結衣が不思議そうに俺の顔を下から覗き込む。その瞳には、屋台の提灯の光がキラキラと反射していた。
「……いや、なんでもねえ。たこ焼き、あそこの屋台にすっか」
「うん! 私、明太マヨがいい!」
笑顔で答える結衣の手を、俺はさらに少しだけ強く握り返した。結衣は振り払おうとはせず、俺の歩幅に合わせてしっかりとついてきていた。
この祭りが終わったら、俺は覚悟を決めなければならない。この心地よい「親友」という関係を壊す覚悟を。


【第6章】ツッコミ待ちじゃない、マジのやつ

夜の公園のブランコ前で、両思いだと判明した直後、結衣が照れ隠しに拓也の胸を軽く叩くシーン
夜の公園のブランコ前で、両思いだと判明した直後、結衣が照れ隠しに拓也の胸を軽く叩くシーン

夏祭りの夜に自分の感情を自覚して以来、俺は結衣とまともに話せなくなってしまった。
いつもなら息をするように出てくるボケもツッコミも、なぜか喉の奥でつっかえてしまう。結衣の顔を見ると、あの日繋いだ手の熱や、浴衣姿のうなじを思い出してしまい、不自然に目を逸らしてしまうのだ。
そんな態度の変化に、勘のいい結衣が気づかないわけがなかった。
九月も半ばに差し掛かったある日の夜。俺は結衣に呼び出され、近所の公園のブランコに並んで座っていた。
夜の公園は静まり返り、秋の虫の鳴き声だけが響いている。
「……で、あんた最近どうしたのよ」
沈黙を破ったのは、結衣の少し怒気を孕んだ声だった。
「なにが?」
「とぼけないでよ。私と目が合っても逸らすし、話しかけても生返事だし。ゲーム誘っても『忙しい』って断るじゃない。……私、なんかあんたが怒るようなことした?」
結衣はブランコの鎖を強く握りしめ、不安そうに俺を見つめていた。その瞳が少し潤んでいるように見えて、俺は胸がギュッと締め付けられた。
「……してねえよ。お前は悪くない」
「じゃあなんで避けるのよ! 悩みがあるなら言えってば! 親友の私には、あんたの嘘なんてお見通しなんだから!」
親友。
その言葉が、今はやけに重く、痛く、俺の胸に突き刺さった。
このまま「なんでもない」と誤魔化して、今まで通り「最高の悪友」を演じることはできるかもしれない。でも、俺の心はもう、それでは満足できないところまで来てしまっていた。
「……結衣」
俺はブランコから立ち上がり、結衣の正面に立った。
「なに……?」
「俺さ、もうお前のこと、『親友』って呼べないかもしれない」
俺の言葉を聞いた瞬間、結衣の顔からスッと血の気が引いた。
「え……それって……絶交、ってこと? 私、やっぱり何か……」
結衣の声が震え、大きな瞳からポロリと涙が零れ落ちそうになる。
「バカ、違う! 早とちりすんな!」
俺は慌てて結衣の肩を掴んだ。
「ちがう。絶交じゃねえ。……俺は、お前との関係を変えたいんだ」
「関係を……変える?」
「ああ。……俺は、お前のことが好きだ。一緒にバカやってるダチとしてじゃなく……一人の女として、お前が好きだ」
静寂。
風が木々を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。
結衣は目を丸くしたまま、完全にフリーズしていた。瞬き一つせず、俺の顔をただ見つめている。
「……あの、結衣さん? なにか反応してくれませんかね? これ、俺の人生で一番勇気出した瞬間なんですけど」
あまりの沈黙に耐えきれず、俺はいつもの癖で少し茶化すように言ってしまった。
すると、結衣の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。耳の先まで茹でダコのように赤い。
「……っ、バカ」
結衣は俯き、小さな声で呟いた。
「遅いよ、バカ拓也……」
「え?」
結衣は勢いよく顔を上げ、涙目で俺をキッと睨みつけた。
「遅いって言ってんの! なにが『一人の女として好きだ』よ! 今更カッコつけてんじゃないわよ!」
「はあ!? せっかく真面目に告白してんのに、なんでキレられてんだ俺は!」
「キレるわよ! 私が、いつからあんたのこと好きだったと思ってんのよ! 夏祭りではぐれそうになった時? その前からよ! あんたが唐揚げバカで鈍感すぎるから、ずっと『親友』のフリして隣にいてあげてたのに!」
「……え? お前、俺のこと……」
俺は間抜けな声を漏らした。結衣が俺を好き? まったく、一ミリも気づかなかった。
「だから! 私も、拓也のことが好きって言ってるの! この世界一の鈍感男!」
結衣は真っ赤な顔で、俺の胸をドンッと軽く叩いた。
俺は言葉を失い、それから――腹の底からこみ上げてくる笑いを抑えきれなくなった。
「ははっ、なんだそれ。お互い、ずっと『親友』って言葉に縛られて、勝手に拗らせてただけじゃねえか」
「笑い事じゃないわよ! 私がどれだけ悩んだか……」
「わりぃ、わりぃ。でも、最高に嬉しいわ」
俺は笑うのをやめ、真っ直ぐに結衣の目を見た。
「結衣。改めて言う。俺と、付き合ってください」
結衣は少しツンとした態度を作りながらも、嬉しさを隠しきれない笑顔で頷いた。
「……仕方ないわね。あんたの面倒を見れるのは、私くらいしかいないし。付き合ってあげるわ、相棒」
こうして、俺たちの長くて短い「親友」としての関係は終わりを告げたのだった。


【第7章】親友から恋人へ、コンビ名は据え置きで

秋のイチョウ並木の下で、恋人同士になった二人が手を繋ぎながら笑顔で歩くシーン
秋のイチョウ並木の下で、恋人同士になった二人が手を繋ぎながら笑顔で歩くシーン

告白から数日後。大学のキャンパスは、いつもと変わらない日常の風景だった。
「おはよう、彼氏くん! 今日も私のために購買でメロンパン買ってきてくれた?」
学食のいつもの席に座るなり、結衣がニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて言い放つ。
「おはよう彼女さん。買ってくるわけねえだろ。甘えるならもっと可愛げのある声出せよ」
「はあ!? 彼女なんだからもっと甘やかしてエスコートしなさいよ! レディーファーストって言葉知ってる?」
「お前がレディーを名乗るには、まずそのガサツな箸の持ち方を直してからだな」
「言ったわね、この唐揚げ泥棒! そもそもあんたが……」
俺たちはいつものように、息をするように口喧嘩を始める。
関係性が「親友」から「恋人」に変わったからといって、急にロマンチックな雰囲気になるわけでもなく、俺たちの会話のテンポは今まで通り、いや、以前にも増して漫才じみていた。
「……お前ら、相変わらずうるせえな」
隣にやってきた山田が、トレイをテーブルに置きながら呆れたようにため息をついた。
「なんだよ山田。嫉妬か?」
「誰が嫉妬するか。どうせまた『俺たち親友だから!』とか言って、謎の言い訳始めるんだろ? 見てて痛々しいんだよ」
山田の言葉に、俺と結衣は顔を見合わせた。そして、示し合わせたようにニヤリと笑う。
「いや、俺たち、付き合い始めたから」
俺がサラリと言うと、山田は持っていた箸を落としそうになった。
「はあああ!? ……マジで?」
「マジマジ。この度、晴れてカップル成立でーす」
結衣がピースサインを作りながら言うと、山田は大きく天を仰いだ。
「……いや、知ってたわ。むしろ今まで付き合ってなかったのが世界のバグだろ。やっとかよ、おめでとう」
「なんだその反応。もっと驚けよ」
「驚く要素がゼロなんだよ。で、付き合って何が変わったんだ? 見たところ、今まで通り唐揚げの奪い合いしてるだけに見えるが」
山田の鋭い指摘に、俺と結衣はうっと言葉に詰まる。
確かに、劇的な変化はない。相変わらずゲームで死闘を繰り広げているし、くだらないことで意地を張るし、気を使わない。
でも、変わったこともある。
「まあ、変わったことと言えば……」
俺は机の下で、結衣の左手をそっと握った。結衣は少しビクッとしたが、すぐにギュッと握り返してくる。
「……こういうことが、堂々とできるようになったことくらいかな」
結衣の顔が、りんごのように真っ赤に染まる。
「ちょ、拓也! なに急にデレてんのよ、キモい!」
「お前が照れてんじゃねえか! ほら、顔赤いぞ」
「うるさいうるさい! 唐揚げ食わせろ!」
結衣は繋いでいない方の手で、俺のトレイから唐揚げを強奪して口に放り込んだ。
「あーっ! お前、またやりやがったな!」
「彼氏なら、彼女に唐揚げの一つや二つ献上しなさい!」
「ふざけんな、等価交換だ! お前のハンバーグもらうからな!」
「あー、もう勝手にしてくれ……」
山田は完全にさじを投げ、自分のカツカレーを黙々と食べ始めた。
昼食後、俺たちは次の講義に向かうために並んで歩いていた。
キャンパスのイチョウ並木は、すっかり黄色く色づき、秋風が心地よく吹き抜けていく。
「なぁ、結衣」
「ん?」
「俺たち、恋人にはなったけどさ。これからも、最高の『悪友』でいてくれよ」
俺の言葉に、結衣は一瞬きょとんとした後、嬉しそうに笑った。
「当たり前でしょ。あんたみたいな手のかかるやつ、私くらいしか相棒務まらないんだから」
「言うねえ。そっちこそ、俺のツッコミがないと生きていけないくせに」
「ふふっ、そうかもね」
俺たちは自然と手を繋ぎ、歩幅を合わせて歩き出す。
運命の赤い糸なんて、そんなロマンチックなものは俺たちには似合わない。俺たちを繋いでいるのは、何度喧嘩しても切れない、鋼の鎖のような「友情」だ。
それが愛という名前に変わったとしても、この最高に気が合う関係は、きっと一生変わらない。
「これからもよろしくな、相棒」
「こちらこそ、覚悟しなさいよ、彼氏くん!」
秋晴れの空の下、俺たちのやかましくも幸せな笑い声が、どこまでも響いていった。