タイトル:『俺の悪友(ヒロイン)が男前すぎて、いつの間にか恋人になっていた件』
薄暗い空間に、原色のネオンとけたたましい電子音が交差する。タバコと埃、それに微かな汗の匂いが混じった独特の空気。俺、相馬悠真(そうま ゆうま)にとって、地元の駅前にある寂れたゲームセンターは、ある意味で第二の我が家のような場所だった。
高校入学を明日に控えた春休みの最終日。俺は新生活への期待や不安をすべて忘れるため、いや、単純に暇を持て余していたため、行きつけのゲーセンで格闘ゲームの筐体に向かっていた。
「おっしゃ、これで十連勝! 今日の俺、完全に仕上がってんな」
画面の中で俺の操るキャラクターが派手な勝利ポーズを決めるのを見ながら、俺はレバーから手を離して首をポキリと鳴らした。このゲーセンの常連の中では、俺はそこそこ腕が立つ方だ。今日も仕事帰りのサラリーマンや大学生らしきプレイヤーを次々と血祭りにあげ、無双状態に突入していた。
「ふふん、このまま閉店まで王座に君臨してやるぜ」
そう嘯きながら、次の乱入者を待つ。正直、この辺りのプレイヤーの癖はだいたい把握している。誰が来ても負ける気はしなかった。
その時だった。
『Here comes a new challenger!』
けたたましい乱入アラートが鳴り響く。画面の向こう側、対面式の筐体の向こうに誰かが座った気配がした。
「お、来たな。誰だか知らないが、俺の連勝記録の養分になってもらうぜ」
余裕の笑みを浮かべてレバーを握り直す。しかし、キャラクターセレクト画面を見て、俺の表情は少しだけ引き締まった。相手が選んだのは、操作難易度が極めて高く、しかし極めれば最強とも言われるピーキーなキャラクターだったからだ。
「……ほう、そいつを選ぶってことは、初心者じゃねえな。いいぜ、かかってこい!」
試合開始の合図と共に、俺は得意の牽制技で様子見に出た。普段ならこれで相手の反応を見てペースを握る。だが、相手は俺の牽制をミリ単位のガードで凌ぎ、あろうことかその隙を突いて強烈なカウンターを叩き込んできたのだ。
「はあっ!? 今のタイミングで差し返してくるのかよ!」
一気に画面端へと追い詰められ、怒涛のコンボを浴びる。体力ゲージがゴリゴリと削られていく。
「やっば、こいつマジで強いぞ……!」
俺のゲーマーとしての血が完全に沸騰した。そこからは、互いのプライドと意地を懸けた死闘だった。俺がフェイントをかければ、相手はそれを見越して投げを放つ。相手が起き上がりに大技をぶっぱなせば、俺は無敵技でそれを刈り取る。
1ラウンド目は相手が取り、2ラウンド目は俺が取り返した。そして迎えた最終の3ラウンド目。互いの体力ゲージはドット単位、いわゆる「ミリ残し」の状態で、一発でも攻撃が当たれば終わりという極限の緊張感に包まれていた。
(ここは……下段からのコンボで決める!)
俺が勝負に出た瞬間、相手もまた同時に大技のコマンドを入力していた。
『Double K.O.!!』
画面にデカデカと表示された文字を見て、俺は思わず天を仰いだ。
「うわあああ! マジかよ、相打ちかよ!」
引き分け。俺の連勝記録はここでストップした。しかし、悔しさよりも、これほどの強敵と出会えた興奮が上回っていた。
「いやー、すげえ戦いだった。どんな奴か、顔だけでも拝んでおくか」
俺は筐体から立ち上がり、対戦相手が座っている反対側へとぐるりと回り込んだ。そこにいたのは、いかにもなオタク青年でも、歴戦の猛者のようなおっさんでもなかった。
「あー! もう! 今の絶対私の方が早かったじゃん!」
バンバンと筐体を叩いて悔しがっていたのは、肩口で切り揃えられた黒髪に、ぱっちりとした大きな瞳、そして春らしい淡いピンクのパーカーを着た、同年代の美少女だったのだ。
「……は? 女?」
俺が思わず声に出すと、彼女はビクッと肩を揺らし、こちらを睨みつけてきた。
「は? 女じゃ悪いかよ。ていうか、お前か! 私の華麗な起き上がりぶっぱをガードした挙げ句、相打ちに持ち込んだ陰湿なプレイングの持ち主は!」
「誰が陰湿だ! お前こそ、あの土壇場で無敵技ぶっぱなすとか正気の沙汰じゃねえだろ! 脳筋かよ!」
「なんだと!? あれは読みと勇気の結晶だ! お前みたいなチマチマ牽制する奴には一生わからない美学だよ!」
「美学で勝てるかよ! 結果的に引き分けだろうが!」
初対面だというのに、俺たちは筐体を挟んでギャーギャーと口論を始めた。周りの客が奇異の目を向けていたが、そんなことは気にならなかった。
数分ほど言い合った後、ふいに彼女がプッと吹き出した。
「あははっ! なんだよお前、すげー負けず嫌いだな。でも、あの牽制からのコンボルート、悪くなかったぞ。結構やり込んでるだろ」
「お、おう。お前こそ、あのキャラであそこまで動ける奴、この辺じゃ見たことないぞ。……俺は相馬悠真。明日から高校生だ」
「私は神楽坂凛(かぐらざか りん)。奇遇だな、私も明日から高校生だ。……まあ、今日は引き分けってことで勘弁してやる。次会ったら絶対にボコボコにしてやるからな!」
「言ってろ。次に泣くのはお前だからな!」
それが、俺と神楽坂凛の最悪で最高の出会いだった。
翌日、新しい制服に身を包んで教室の扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、窓際の席で退屈そうに頬杖をついている、昨日の「ゲーセン女」の姿だった。
「あー! お前、昨日の陰湿格ゲーマー男!」
「誰が陰湿だ! 脳筋ぶっぱ女!」
教室中が静まり返る中、俺たちは再び火花を散らすことになった。この瞬間、俺たちの「最高の悪友」としての関係がスタートしたのだ。
高校生活が始まってから一ヶ月。俺と神楽坂凛は、クラスメイトの誰もが認める「ニコイチ」になっていた。
席が隣同士という物理的な近さもあったが、何より波長が合いすぎた。ツッコミ気質の俺と、息を吐くようにボケをかます凛。俺たちの日常は、まるで台本のない漫才のように回っていた。
「おい悠真、緊急事態だ。直ちに作戦会議を開く」
四時間目の数学の授業中。ノートの切れ端に書かれた手紙が、机の下からスッと回ってきた。凛からの手紙だ。俺は呆れながらも、シャープペンシルを走らせて返事を書く。
『なんだよ。今、因数分解の超大事なところだぞ。お前、また赤点取る気か』
『因数分解など私の人生には不要だ。それより深刻な問題が発生した。今日の昼休み、購買の「激辛焼きそばパン」が限定五個で復活するらしい』
『マジか! あれ、先月販売中止になった幻のメニューじゃねえか!』
『そうだ。これは戦争だ。チャイムが鳴った瞬間、私が前衛で道を切り拓く。お前は後衛として、私の背中を守りつつ財布を握りしめろ』
『了解した。ブラザー、命を懸けてパンを獲るぞ』
キーンコーンカーンコーン。
授業終了のチャイムが鳴り響いた瞬間、凛は数学の教師が「えー、ここは……」と言い終わる前に席を蹴り立った。
「行くぞ悠真ぁぁぁ!」
「おう! 道を開けろ愚民どもォ!」
俺たちは教室のドアをスライディング気味に開け放ち、廊下を猛ダッシュした。凛の身体能力は異常だ。ピンクのカーディガンを翻し、前を歩く生徒たちをヒラリヒラリと躱しながら、購買部への最短ルートを駆け抜けていく。
「おばちゃん! 激辛焼きそばパン、二つ!」
「はいよー、あんたたち相変わらず元気だねえ」
無事に戦利品を手に入れた俺たちは、屋上のベンチで勝利の祝杯(紙パックの麦茶)を挙げていた。
「はむっ……かっら! うっま! やっぱこれだよな、この暴力的な辛さがたまらん!」
口の周りにソースをつけながら、凛が満面の笑みを浮かべる。その顔は、黙っていれば学年でもトップクラスの美少女だというのに、中身が完全に部活帰りの中学男子だった。
「お前、口の周りソースだらけだぞ。ほら、ティッシュ」
「お、サンキュー。……ん? 悠真、お前の弁当のその卵焼き、美味そうだな。一個トレードしようぜ。私の焼きそばパンの端っこと」
「等価交換になってねえよ! まあいいけど……ほら、あーんしてみろ」
俺が箸で卵焼きをつまんで差し出すと、凛は一切の躊躇なく身を乗り出し、「あーん」と大きな口を開けて卵焼きをパクリと平らげた。
「ん〜! 甘めの味付け、最高! お前のオカン、マジで料理上手いな」
「だろ? うちのオカンの卵焼きは世界一だからな」
そんなやり取りをしていると、屋上の入り口からクラスメイトの佐藤と鈴木が現れた。彼らは俺たちを見るなり、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「お前ら、相変わらず夫婦漫才やってんなー」
「ほんとほんと。てか、お前らもう付き合っちゃえよ。見てるこっちが恥ずかしいわ」
その言葉に、俺と凛は顔を見合わせ、同時に鼻で笑った。
「「は? ないないない」」
声が完璧にハモる。俺は呆れたように肩をすくめた。
「お前ら、目が節穴か? 俺とこいつが付き合うとか、天地がひっくり返ってもありえねーよ。俺たちは『最高の親友(ブラザー)』だからな」
「そうそう! 私がこの陰湿ツッコミ眼鏡(※眼鏡はかけていない)を好きになるとか、罰ゲームでもお断りだよ! 私たちは魂の双子みたいなもんだから、恋愛とかそういう生ぬるい関係じゃないわけ」
凛も力強く頷きながら、焼きそばパンの残りを口に押し込んだ。佐藤たちは「はいはい、ごちそうさま」と呆れ顔で去っていった。
放課後はいつものファミレスだ。ドリンクバーで奇跡のブレンド(メロンソーダ+コーラ+カルピス=ドブ色の液体)を作り出し、どちらがそれを一気飲みするかで小一時間揉める。
「お前が言い出したんだから、お前が飲めよ!」
「バカ言え、発明者は見守るのが義務だ。実験台はお前だ、悠真!」
「ふざけんな! こんなの飲んだら腹下すわ!」
周囲の客から冷ややかな視線を浴びながらも、俺たちのバカ騒ぎは止まらない。
恋愛感情? そんなものは微塵もない。一緒にいると世界が全部ネタになる。こいつといる時間が、ただひたすらに楽しくて、居心地がいい。それだけのことだ。
俺は目の前でストローを咥えてケラケラと笑う凛を見ながら、この最高にくだらなくて愛おしい日常が、ずっと続けばいいと本気で思っていた。

六月の梅雨入り直後。週末の金曜日。
学校が終わる頃には、空は鉛色に塗り潰され、バケツをひっくり返したような豪雨になっていた。雷の音まで鳴り響き、天気予報は「不要不急の外出は控えるように」と警告を出しているレベルだ。
「うっわー、マジかよ。こりゃ帰れねえな」
昇降口で傘を開くことすらためらわれる雨足を前に、俺は絶望的な声を漏らした。
「悠真、お前んちここから自転車で二十分だろ? この雨の中チャリ漕いだら、確実に溺死するぞ」
隣で同じく空を見上げていた凛が、呆れたように言う。
「わかってるよ。でもどうするよ。親に車で迎えに来てもらうにも、親父は出張中だし、オカンはペーパードライバーだぞ」
「仕方ないなー。今日、うちの両親、結婚記念日の旅行で日曜までいないんだわ。うち、学校から歩いて五分だろ? 泊まってけよ」
「……は?」
俺は思わず凛の顔を二度見した。
「いやいやいや! いくらなんでも、高校生の男女が親のいない家で二人きりでお泊りとか、倫理的にどうなんだよ!」
「はあ? 何言ってんのお前。自意識過剰かよ。私がお前みたいなもやしっ子を襲うとでも思ってんのか?」
「逆だろ! 俺がお前を襲う可能性を少しは考慮しろよ! 一応、俺も健全な男子高校生なんだぞ!」
「あははっ! 無理無理! お前が私に手を出そうとしたら、一秒でみぞおちに正拳突き入れて沈める自信あるから。ほら、四の五の言わずに行くぞ。昨日発売した『大乱闘モンスターズ』の新作、徹夜でやり込む約束だったろ?」
そう言って、凛は俺の腕を強引に引っ張り、豪雨の中へと駆け出した。
結果として、俺たちはびしょ濡れになりながら凛の家(かなり立派な一軒家だ)に転がり込むことになった。
「ほら、適当にシャワー浴びてこい。タオルと、私の親父のスウェット貸してやるから」
「お、おう。サンキュー」
促されるままにシャワーを借り、ダボダボのスウェットに着替えてリビングに戻ると、すでに凛も着替えを済ませ、テレビの前にゲーム機をセッティングしていた。
「おっそいぞ悠真! ほら、コントローラー持て。今日は私が全クリするまで寝かさないからな」
「望むところだ。足引っ張んなよ、脳筋女」
そこからは、いつも通りの俺たちだった。雷鳴が轟く外の天気など気にも留めず、ひたすらに画面に向かって叫び続ける。
「あー! お前、そこのアイテム独り占めすんなよ!」
「早い者勝ちだろ! ほら、ボス来たぞ、お前が囮になれ!」
「なんで俺が囮なんだよ! お前のキャラの方が防御力高いだろ!」
夜の八時を過ぎた頃、腹の虫が鳴り始めた。
「腹減ったな。外には出られないし、ピザでも頼むか」
「賛成! ハーフ&ハーフで、私は激辛ハラペーニョ・デラックスな!」
「バカ、そんなの食ったら明日トイレから出られなくなるだろ! 無難に照り焼きチキンとシーフードにしろ!」
トッピングで十五分ほど揉めた末、結局ジャンケンで俺が負け、激辛ピザと照り焼きチキンのハーフ&ハーフを注文することになった。
到着したピザをコーラで流し込みながら、深夜の映画鑑賞会がスタートした。凛が選んだのは、最近話題のB級ホラー映画だった。
「お前、ホラーとか大丈夫なのか?」
「ふん、余裕に決まってるだろ。ゾンビなんてチェーンソーでぶった斬れば終わりじゃん」
強気な発言とは裏腹に、映画が始まって三十分もすると、凛の様子がおかしくなってきた。画面に血みどろの化け物が急に飛び出してくるたびに、「ひっ!」と小さな悲鳴を上げ、クッションを抱きしめて顔を隠すのだ。
「……お前、めちゃくちゃビビってんじゃん」
「び、ビビってないし! ちょっと目にゴミが入っただけだし!」
「目隠してんだから見えてねえだろ。怖かったら消すか?」
「消すな! 最後まで見届けるのが戦士の義務だ!」
意地を張る凛だったが、クライマックスの恐怖シーンでついに限界が来たらしい。
「うわああああっ!」
雷の音と映画の絶叫が重なった瞬間、凛は俺の腕にギュッと抱きついてきた。
「お、おい! 凛!」
「む、無理! 今の絶対無理! 悠真、私の代わりに画面見といて!」
腕に押し付けられる柔らかい感触。俺は突然のことに全身が硬直した。いくら中身がオッサンだとはいえ、こいつは紛れもなく女の子なのだ。シャンプーの甘い香りが鼻をくすぐり、心臓がバクバクと嫌な音を立て始める。
(落ち着け俺! こいつは親友だぞ! ただのブラザーだぞ!)
必死に自分に言い聞かせながら、俺は微動だにできず、映画が終わるまでの二十分間を地獄のような緊張感の中で過ごした。
映画が終わり、エンドロールが流れる頃には、腕にしがみついていた凛の力はすっかり抜け、規則正しい寝息が聞こえ始めていた。
「……おい、凛。終わったぞ」
声をかけても返事はない。肩を寄せ合い、俺の腕を抱き枕代わりに抱え込んだまま、完全に寝落ちしている。
間近で見る凛の寝顔は、驚くほど無防備で、そして……腹立たしいほどに綺麗だった。長いまつ毛、少し開いた薄紅色の唇。普段の暴れん坊っぷりが嘘のように、今のこいつは完璧な「美少女」だった。
「……こいつ、黙ってればマジで可愛いんだよな」
無意識に口から出た言葉に、自分でも驚く。俺は慌てて首を振り、湧き上がってきた謎の感情を頭の隅に追い払った。
「いやいやいや、ないない。こいつは親友だ。俺の最高の悪友だ」
そっと腕を抜き、ソファにあったブランケットを凛に掛けてやる。
外の雨音は、いつの間にか静かになっていた。俺は変に高鳴る心臓を落ち着かせるため、冷めたコーラを一気飲みした。
翌朝。
「ふわぁ〜……よく寝た。おい悠真、朝飯作って」
「なんで俺が作る流れになってんだよ! お前んちだろ!」
「客をもてなすのがお前の役目だろ」
「意味わかんねえよ!」
目を擦りながら起きてきた凛は、昨夜の密着など欠片も覚えていない様子で、いつも通りの理不尽をぶつけてきた。俺はホッと胸を撫で下ろしながら、呆れ顔でキッチンへと向かった。
変な空気が流れなくてよかった。俺たちは、これからもずっと、このバカみたいな関係を続けていくんだ。そう、固く信じていた。
夏休みを目前に控えた七月のある日。
放課後の教室で、俺はいつものように帰り支度をしながら凛を待っていた。今日は駅前に新しくできたクレープ屋の「メガ盛りチョコバナナ」に挑戦する予定なのだ。
「おっそいな、あいつ。日直の仕事、まだ終わってないのか?」
鞄を肩に掛け、廊下に出たところで、クラスの女子たちのヒソヒソ話が耳に入ってきた。
「ねえ、さっき神楽坂さん、サッカー部の五十嵐先輩に呼び出されてたよ」
「えっ、マジで? 五十嵐先輩って、あの超イケメンの? 絶対告白じゃん!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の足がピタリと止まった。
五十嵐先輩。学年はおろか、学校中で知らない者はいないほどの有名人だ。長身、イケメン、サッカー部のエース、おまけに実家は金持ち。まさに少女漫画から抜け出してきたような完璧超人である。
「……呼び出し? 告白?」
胸の奥に、どす黒くて重たい「何か」がボトッと落ちたような感覚がした。
凛が誰かに告白される。それは、今まで考えたこともない事態だった。いや、あいつの容姿なら告白されてもおかしくはないのだが、あの中身を知っている奴なら絶対に手を出さない。しかし、五十嵐先輩は凛の「オッサンっぷり」を知らないはずだ。
「ちょっと様子を見てくるか。……いや、別に心配とかじゃない。親友として、あいつが変なトラブルに巻き込まれないか見守る義務があるからな。うん、そうだ」
自分に言い訳をしながら、俺は足音を殺して校舎裏へと向かった。
校舎裏の旧体育館の陰。そこに、予想通り凛と五十嵐先輩の姿があった。俺は少し離れた茂みの陰に身を潜め、息を殺して様子を窺った。
「神楽坂さん。急に呼び出してごめんね」
五十嵐先輩の甘く爽やかな声が響く。男の俺でも「いい声だな」と思ってしまうほどだ。
「いえ、別にいいですけど。何か用ですか?」
凛の声は、いつも俺と話している時のようなガサツさが消え、よそ行きの「猫を被った」声だった。それが無性に腹立たしい。
「実は、入学した時からずっと気になってたんだ。いつも元気で、笑顔が素敵だなと思ってて……」
先輩は一歩、凛に近づいた。
「もしよかったら、僕と付き合ってくれないかな」
ストレートな告白。完璧なタイミング。周りの景色すらも彼を祝福しているように見える。
茂みに隠れている俺の心臓は、警鐘のようにバクバクと鳴り続けていた。
(おい、凛。お前、まさかOKする気じゃねえだろうな。あいつはイケメンだけど、お前と一緒にファミレスでドブ色のドリンクを飲むような奴じゃないぞ。お前がホラー映画でビビって泣きついても、笑って受け流してくれるような奴じゃないぞ!)
俺の頭の中で、焦燥感と、名前のつけられない苛立ちがぐるぐると渦巻いていた。
もし、凛が彼と付き合うことになったら。
俺と凛は、今までのように一緒にバカをやることはできなくなる。放課後のゲーセンも、休日のゲーム大会も、すべて五十嵐先輩とのデートに取って代わられる。俺の隣から、凛がいなくなる。
「……ふざけんな」
俺は無意識に拳を強く握りしめていた。俺たちの関係にヒビを入れる奴は、たとえ学校一のイケメンだろうと許せない。飛び出して行って、その告白をぶち壊してやりたい衝動に駆られた。
だが、俺にそんな権利はない。「親友」という枠組みの中でしか、俺は凛の隣にいられないのだから。
静寂の中、凛が口を開いた。
「……先輩、ありがとうございます。私なんかをそんな風に見ててくれたなんて、光栄です」
凛がペコリと頭を下げる。俺の目の前が真っ暗になりかけた。
「でも、ごめんなさい」
はっきりと、迷いのない声だった。
「え……? 僕じゃ、ダメかな?」
五十嵐先輩が驚いたように目を丸くする。
「先輩はすごく素敵な人だと思います。でも、私、今は一緒にいて一番楽しいバカな奴がいるんです。そいつと一緒にいる時間が、今は何よりも大事なんで。だから、誰かと付き合うとか、そういうのは考えられません」
凛の言葉に、俺は息を呑んだ。
「一緒にいて一番楽しいバカな奴」……それが誰のことか、考えるまでもない。
「……そっか。残念だな。でも、神楽坂さんのそういう真っ直ぐなところ、やっぱり好きだな。わかった、諦めるよ。急に引き留めてごめんね」
「いえ、こちらこそすいませんでした。それじゃ、失礼します!」
凛は足早にその場を立ち去った。俺も慌てて茂みから抜け出し、遠回りをして下駄箱の前で凛を待つ形をとった。
数分後、少しだけ疲れたような顔で凛がやってきた。
「お、おせーぞ! メガ盛りクレープのバナナが品切れになったらどうすんだよ!」
俺はわざとらしく、いつも通りのテンションで声をかけた。
「わりぃわりぃ。ちょっと日直の仕事で先生に捕まってさ。よし、急いで行くぞ!」
凛もまた、先ほどまでの「よそ行きの顔」を完全に消し去り、いつものガサツな悪友の顔に戻っていた。
「なんかあったか?」
「いや、別に。何もないよ。それより、今日はクレープだけじゃなくて、肉まんも奢れよな!」
「はあ!? なんで俺が奢る流れになってんだよ! ジャンケンで負けた方が全額負担のデスマッチだろ!」
「望むところだ! 最初はグー!」
夕日に照らされた帰り道。俺たちはいつも通り、くだらないことでギャーギャーと騒ぎながら歩いていた。
隣で笑う凛の横顔を見つめながら、俺は自分の胸の奥にあったモヤモヤが、綺麗に晴れ渡っているのを感じた。
同時に、気づいてしまった。
俺は、凛が他の男の隣にいるのを想像しただけで、気が狂いそうになるほど嫌だったのだ。
「……親友、ねえ」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもねえよ。ほら、早く歩け。置いてくぞ」
この感情に名前をつけるのは、もう少し先の話だ。今はまだ、この心地よい「親友」という仮面の裏に隠れて、お前の隣という特等席を死守することだけを考えていよう。

夏休み真っ只中の八月中旬。
地元の神社で開催される夏祭りは、毎年俺たちにとっての一大イベントだった。屋台の飯を食い尽くし、射的で景品を乱獲し、最後は神社の裏山で花火を見る。それが中学の頃からの恒例行事だ。
「おっせーな、あいつ。待ち合わせ時間はとっくに過ぎてんぞ」
神社の鳥居の前で、俺はスマホの時計を見ながらボヤいた。いつもなら遅刻してきた凛を「罰金としてたこ焼き一舟な」とからかうのがお決まりのパターンだ。
「ごっめーん! 悠真、待たせた!」
人混みを掻き分けて、聞き慣れた声が響く。
「遅いぞバカ、お前今日は……」
文句を言おうと振り返った俺の言葉は、途中で完全にストップした。
「……は?」
「なんだよ、人がせっかく急いできたのに、鳩が豆鉄砲食ったような顔しやがって」
目の前に立っていたのは、紺地に朝顔の柄があしらわれた浴衣を着た凛だった。
普段のTシャツにショートパンツというボーイッシュな姿とは打って変わり、うなじを見せるように結い上げられた髪、ほんのりと薄化粧が施された顔立ち。そして、いつもより少しだけおしとやかに見える立ち振る舞い。
圧倒的な破壊力だった。俺の脳の処理能力が一瞬で限界を超え、ショートする。
「なんだよ、ジロジロ見て。……やっぱり、似合ってないか? オカンがどうしても着ろってうるさくてさ。なんか動きにくいし、腹回りが苦しいし、最悪だわ」
照れ隠しなのか、凛は少しだけ頬を赤く染めながら、浴衣の帯をモジモジと触っている。
「……いや、その……」
(ヤバい。マジでヤバい。なんだこいつ、めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。ていうか、本当に俺の知ってる神楽坂凛か?)
心臓が早鐘のように打ち始める。顔が熱くなるのが自分でもわかった。
「おい、なんか言えよ。似合ってないなら帰って着替えてくるぞ」
「あ、いや! 待て! ……悪く、ないんじゃないか。その、お前が着ると、なんというか……七五三の子供みたいで面白いし」
素直に「可愛い」と言えなかった俺の口から出たのは、最低の負け惜しみだった。
「はあっ!? 七五三!? ふざけんな、せっかくちょっと女の子らしくしてみたのに、お前って奴は本当にデリカシーがないな!」
「うるせえ! 中身がオッサンのくせに外見だけ取り繕っても無駄なんだよ! ほら、行くぞ!」
俺は動揺を悟られないよう、背を向けて足早に歩き出した。
「あ、おい待てよ! 下駄だから早く歩けないんだよ!」
祭りの会場は、想像以上の人混みだった。提灯のオレンジ色の光が、屋台の煙とともに幻想的な雰囲気を醸し出している。
俺たちはいつものように屋台を巡った。焼きそば、フランクフルト、かき氷。しかし、どうにも調子が狂う。
「ほら、悠真、あーん」
凛が買ったりんご飴を差し出してきた。普段なら「おう」と口を開けて囮る場面だが、今日の凛の赤い唇が妙に艶かしく見えてしまい、俺は思わず後ずさった。
「い、いらねえよ! 甘いのは苦手だ!」
「なんだよ、ノリ悪いな。いつもなら喜んで食いつくくせに」
射的の屋台でもそうだ。
「おい悠真、あそこにあるデカいクマのぬいぐるみ、私じゃ落とせないからお前がやれ」
「お、おう。任せろ」
ライフルを構える俺の背中に、凛が「右だ、もっと右!」と身を乗り出してくる。その度に、ふわりと香る石鹸の匂いと、背中に当たる柔らかな感触。
(ちか、近い近い近い! お前、自分の格好と破壊力を少しは自覚しろ!)
手元が狂い、コルク弾は明後日の方向へと飛んでいった。
「あーあ、外した。お前、今日なんか変だぞ? 調子悪いのか?」
「う、うるせえ! この銃の照準が狂ってただけだ!」
そんなやり取りを繰り返しているうちに、祭りのメインイベントである花火の時間が近づいてきた。見物客が一斉に神社の裏山の方へと移動を始める。
「うわ、すごい人……。悠真、はぐれるなよ」
人波に押され、凛がよろめいた。とっさに俺は手を伸ばし、凛の手首を掴んだ。
「おっと、危ねえ。……ほら、ちゃんと掴まっとけ」
「……ん」
いつもなら「子供扱いすんな!」と振り払うはずの凛が、なぜか大人しく俺の手に自分の手を重ねてきた。ぎゅっと、指と指が絡み合う。
手から伝わってくる凛の体温。俺は、もう自分の気持ちをごまかすことができなかった。
(もしかして俺……こいつのこと、好きなのか?)
いや、もしかしなくても、とっくに好きだったのだ。ゲーセンで出会ったあの日から、隣の席で笑い合った日々から、嵐の夜に肩を寄せ合って寝た時から。俺は、この「親友」という枠組みの中で、ずっとこいつに恋をしていたのだ。
裏山の高台に到着した瞬間、ドーン! という轟音とともに、夜空に巨大な花火が咲き誇った。
「うわー……! すっげー綺麗!」
花火の光に照らし出された凛の横顔。瞳の中に、色鮮やかな光の粒が反射している。
その顔から、俺は目が離せなかった。
「なあ、悠真」
ふいに、凛がこちらを向いた。俺たちの距離は、ほんの数十センチ。
「ん?」
「お前……さっきから、私の顔ばっか見てるだろ」
凛の頬が、花火の光のせいではなく、赤く染まっているのがわかった。
「なっ……! み、見てねえよ! 花火見てたんだよ!」
「嘘つけ。顔に書いてあるぞ。『今日の凛はマジで可愛くて直視できない』って」
「調子に乗るな! そんなこと一文字も書いてねえわ!」
いつものように言い返したが、俺の声は上ずっていた。凛はクスッと笑い、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
「……お前こそ、今日なんか変だぞ」
「お前もな」
夜空に咲く花火の下で、俺たちは繋いだ手を離さないまま、ただ黙って立ち尽くしていた。
友情という名のぬるま湯は、もうすっかり沸騰してしまっていた。

季節は巡り、秋。高校生活最大のイベントである文化祭がやってきた。
俺たちのクラスは定番の「お化け屋敷」をやることになり、裏方作業が得意な俺と、体力バカの凛は、当然のように買い出しや力仕事のペアに指名されていた。
二日間にわたる狂騒が終わり、夕闇が迫る頃。後夜祭のキャンプファイヤーが校庭で始まり、生徒たちの歓声が遠くから聞こえてくる。
俺と凛は、片付けを終えた誰もいない教室で、窓際の席に並んで座っていた。
「あー、疲れた。マジで死ぬかと思ったわ」
机に突っ伏して、凛が深いため息をつく。
「お前が調子に乗って、客を驚かせるために天井の梁から飛び降りたりするからだろ。ゴリラかよ」
「失礼な、忍者と言え忍者と。おかげで大盛況だっただろ」
軽口を叩き合うが、どこか声のトーンは静かだった。夏祭りのあの日以来、俺たちの間には、言葉にできない「熱」のようなものがずっと燻っていた。
親友としてのノリは変わらない。だが、ふとした瞬間に目が合う時間が長くなったり、手が触れた時に変に意識してしまったりと、明らかに何かが変わり始めていた。
「なあ、悠真」
窓の外、赤々と燃えるキャンプファイヤーの炎を見つめながら、凛がポツリと口を開いた。
「ん?」
「私たちさ、ずっとこのままなのかな」
その言葉の意図を、俺はすぐに理解した。
「このままって、バカやって、親友のままってことか?」
「……うん。周りの奴らはさ、どんどん彼氏とか彼女とか作って、青春してるじゃん。でも私たちは、相変わらずゲーセン行って、ファミレスでダベって……」
凛はこちらを向かず、窓ガラスに映る自分の顔を見つめているようだった。
「私、お前と一緒にいるのが一番楽しいし、この時間がずっと続けばいいって思ってる。でも……最近、それだけじゃ足りないって思う自分がいるんだよ」
その声は少し震えていた。いつも強気で、男勝りで、俺を引っ張り回す凛が、信じられないほど弱気な顔を見せている。
俺は、深呼吸をした。
胸の奥で燻っていた熱が、一気に炎となって燃え上がるのを感じた。
逃げるな、俺。ここで踏み出さなきゃ、俺は一生後悔する。
「……奇遇だな」
俺は、凛の隣の席から立ち上がり、彼女の目の前に立った。
「え?」
「俺もさ、最近おかしいんだよ。お前が他の奴と話してるのを見るだけでイライラするし、お前が笑ってる顔を見るだけで、変にドキドキするし」
俺の言葉に、凛が目を見開いてこちらを見上げた。
「俺、お前のこと『最高の親友』だと思ってた。お前の隣は、親友としての俺の指定席だって信じてた。でも、どうやら違うらしい」
言葉が勝手に口から溢れ出てくる。かっこいいセリフなんて一つも思いつかない。ただ、心の底にある本音をぶつけるだけだ。
「俺は、親友としてお前の隣にいたいんじゃない。一人の男として、お前の隣にいたいんだ」
教室は静まり返っていた。遠くから聞こえる後夜祭の音楽だけが、BGMのように流れている。
「凛。俺の特等席、一生誰にも譲る気ねーから。……俺と、付き合ってくれ」
言い切った。心臓が口から飛び出そうなくらいバクバクしている。もし断られたら、俺たちは親友にすら戻れないかもしれない。その恐怖が足を震わせそうになる。
凛は、しばらくの間、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
やがて、その大きな瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……っ、おせーよ、バカ悠真」
袖で乱暴に涙を拭いながら、凛は立ち上がり、俺の胸ぐらをガシッと掴んだ。
「お前がヘタレだから、私がずっとモヤモヤしてたんだろうが! 私なんか、夏祭りの時からとっくに気づいてたんだぞ! お前のことが好きだってことに!」
「は!? お前、それなら自分から言えよ!」
「言えるわけないだろ! お前が『俺たちは親友だ』ってバリア張りまくってたから、踏み込めなかったんじゃないか!」
「俺のせいかよ! お前だって『恋愛とか罰ゲーム』って言ってただろ!」
「あれは照れ隠しだ! この鈍感男!」
涙を流しながら、私たちはいつも通りの言い合いを始めた。だけど、互いの顔は笑っていた。嬉しくて、照れくさくて、どうしようもなくて。
「……ほんと、お前ら最高にバカだな、私たち」
凛が胸ぐらから手を離し、今度はそっと俺の首に腕を回してきた。
「ああ、そうだな。世界一気が合うバカ同士だ」
俺も凛の腰に腕を回し、その体をギュッと抱き寄せた。シャンプーの甘い香りと、温かい体温が、俺の腕の中にすっぽりと収まる。
「なあ、悠真」
「ん?」
「親友やめて、恋人になるってことは……こういうことも、するってことだよな?」
凛が顔を上げ、背伸びをしてきた。重なる唇。不器用で、歯がぶつかるような、全然スマートじゃないキスだったけれど、俺にとっては世界中のどんなロマンチックな映画よりも、最高に幸せな瞬間だった。
「……へたくそだな、お前」
「うるさい! お前だってガチガチだっただろ!」
赤くなった顔を見合わせながら、俺たちは吹き出した。
外では、後夜祭のフィナーレを飾る花火が打ち上がっていた。
俺たちの「最高の友情」は、今日ここで終わりを告げた。そして、ここから先は、「最高の恋」が始まるのだ。
文化祭から一週間が過ぎた。
俺たちの関係が変わったことは、クラス中にあっという間に知れ渡った。そりゃそうだ、隠すつもりもなかったし、何より俺たちの醸し出す空気が以前とは明らかに違っていたからだ。
「おいお前ら、ついに付き合い始めたんだってな! 遅すぎるわ!」
朝のホームルーム前、佐藤がニヤニヤしながら俺の背中をバンバンと叩いてきた。
「周りから見たら、入学当初から完全に夫婦だったからな。ようやく事実が追いついたって感じだわ」
鈴木も呆れたように笑う。
「うるせーよ。まあ、その……親友から昇格しただけだ」
俺が照れ隠しにそっぽを向くと、隣の席で数学のノートを広げていた凛が、ドヤ顔で言い放った。
「そういうこと! こいつがどうしてもって泣きついてきたから、仕方なく彼女になってやったんだよ!」
「おいコラ! 話捏造すんな! お前だって泣きながら胸ぐら掴んできただろ!」
「言ってないし掴んでない! 名誉毀損で訴えるぞ!」
「やれるもんならやってみろ!」
ギャーギャーといつものように口論を始める俺たちを見て、佐藤たちが「はいはい、相変わらずだな」と呆れて席に戻っていく。
そう、俺たちが恋人同士になったからといって、いきなり甘ったるい雰囲気になるわけがない。根本的な性格は何も変わっていないのだ。
放課後。
俺たちは、出会いの場所である駅前のゲームセンターにいた。
「おっしゃ! これで私の三連勝! 悠真、最近腕が落ちたんじゃないか?」
格ゲーの画面で勝利ポーズを決める自分のキャラを見ながら、凛が高笑いする。
「くそっ、今のはコントローラーのボタンがめり込んでただけだ! もう一回だ!」
「何度やっても同じだね! 敗者は勝者にジュースを奢るのがルールだ。ほら、ドクターペッパー買ってこい!」
「お前、本当に女子力ねえな……」
文句を言いながらも、俺は自販機に走り、ジュースを二本買って戻ってきた。
並んで座りながらジュースを飲む。筐体のネオンに照らされた凛の横顔は、初めて会ったあの日と同じように、負けず嫌いで、生き生きとしていた。
「なあ、凛」
「ん? なんだよ」
「お前さ、俺と付き合い始めて、何か変わったか?」
ふと気になって聞いてみた。すると、凛はストローから口を離し、少しだけ真面目な顔をして天井を見上げた。
「うーん……基本的には何も変わってないな。相変わらずお前は口うるさいし、一緒にバカやるのは最高に楽しいし」
「だろ? 俺もそう思うわ」
「でもさ」
凛は俺の方を向き、ニシシと悪戯っぽく笑った。
「お前が他の女子と話してると、前よりもムカつくようになった。あと……手、繋ぎたいなって思う回数が増えた」
ストレートな言葉の爆撃。俺は思わずジュースを吹き出しそうになった。
「お、お前な……そういうこと、急に真顔で言うなよ。心臓に悪いだろ」
「なんだよ、事実を言ったまでだ。お前はどうなんだよ」
「俺は……」
俺は少しだけ俯き、首の後ろを掻きながら答えた。
「俺は、お前が可愛く見えて仕方ない病気が、治る気配がない」
「……っ!」
今度は凛の顔が、ボンッと音を立てるように真っ赤になった。
「ばっ、バカ! アホ! お前こそ急にそういうこと言うな!」
「お前が振ってきたんだろうが!」
照れ隠しでバンバンと俺の肩を叩いてくる凛の腕を、俺はガシッと掴んだ。そして、そのまま彼女の手を引き寄せ、指を絡めてしっかりと握りしめた。
「……ほら、手、繋ぎたかったんだろ?」
俺が少し意地悪く笑いかけると、凛は顔を真っ赤にしたまま、悔しそうに唇を尖らせた。
「……むかつく。お前のくせに、なんかちょっと彼氏面しててむかつく」
「彼氏なんだから当たり前だろ」
俺たちは手を繋いだまま、ゲーセンを出た。
外はすっかり日が落ちて、街灯が道を照らしている。冷たくなってきた秋の風も、繋いだ手から伝わる熱のおかげで、少しも寒く感じなかった。
「これからもよろしくな、俺の最高の彼女で、最高の悪友」
「うん、よろしく。私のバカ彼氏」
俺たちは顔を見合わせて笑い合い、そのまま家路を歩き出した。
恋人になっても、俺たちは相変わらずバカをやっている。ロマンチックなデートより、ファミレスでのバカ話やゲーセンでの対戦の方が俺たちらしい。
でも、ふとした瞬間に見せるお互いへの特別な感情は、間違いなく「恋」だ。
俺の隣には、世界で一番気が合う、最高に男前で、最高に可愛い彼女がいる。
この特等席は、これから先ずっと、誰にも譲る気はない。