タイトル:『俺たちは最高の悪友(ダチ)である。なお、周囲からはバカップルと呼ばれている模様』
高校の入学式。隣の席の女子が、教科書を忘れて初日から絶望した顔をしていた。
「おい、見せてやろうか?」
「神か! 一生ついていきますアニキ!」
星野結衣。それが俺、相沢悠真の「最高の相方」との出会いだった。
初対面だというのに、こいつは俺の机に自分の机をガチャンとくっつけ、あぐらをかくような勢いで身を乗り出してきた。
「いや近ぇよ。教科書見るためとはいえ、顔の距離バグってないか?」
「アニキのまつ毛、意外と長いっすね」
「観察すな。ほら、先生こっち見てるから前向け」
「へーい。いやぁ、マジで助かった。お詫びに購買の焼きそばパンおごるわ。割り勘で」
「それ俺も半分払ってんじゃねえか。おごりとは言わねえよ」
「ちっ、バレたか」
「舌打ちすな」
こんな感じで、俺たちの会話は初日からトップギアだった。まるで10年来の幼馴染か、あるいは売れない若手お笑いコンビのようなテンポ。ボケて、ツッコむ。息をするようにそれができた。
顔は小さくて目もパッチリしている美少女の部類に入るはずなのだが、中身が完全に「その辺の男子中学生」なのだ。
「相沢、お前ゲーム何やってる? FPSいける口?」
「当たり前だろ。毎晩エイム練習してから寝てるわ」
「うおっしゃ! 今夜からデュオ組もうぜ! 背中は任せた!」
「お前が突っ走って即死する未来しか見えねえけどな」
「失礼な! 華麗に散る囮と呼べ!」
「同じだろ」
こうして、俺と結衣の「最高の友情」は幕を開けた。男女の壁なんてものは最初から存在しなかった。俺にとって結衣は、一緒にバカをやれる最高の「悪友(ダチ)」になったのだ。

「でさー、そこの角曲がったら犬のフン踏んでさー」
「お前、女子高生がファミレスのドリンクバー片手にウンコの話すんな」
放課後のファミレス。俺たちはいつものように向かい合い、山盛りのフライドポテトをつついている。
「いいじゃんかよー、親友の相沢にしかこんな話できねえんだから」
「俺はお前のゴミ箱じゃねえぞ。もっとキラキラした青春の悩みを打ち明けろよ」
「えー? じゃあ、最近推しのVtuberのガチャで爆死して生活費がヤバい」
「それは単なる自業自得の借金苦だろ!」
結衣はケラケラと笑いながらポテトを口に放り込む。俺もつられて笑う。この時間が、俺はたまらなく好きだった。
ふと、隣の席の女子グループのひそひそ声が聞こえてきた。
『あの二人、また一緒にいるよ。絶対付き合ってるよね』
『だよねー。距離感おかしいもん』
俺と結衣は顔を見合わせ、同時に鼻で笑った。
「付き合ってる、だってさ。笑えるよな」
「まったくだ。こちとら血の繋がらない兄弟みたいなもんだっつーの」
「お前みたいなガサツな彼女いたら、俺の胃に穴が開くわ」
「なんだと? わたしみたいな超絶美少女の彼女がいれば、毎朝ウキウキで目覚めるはずだろ!」
「鏡見てから言え。口元にケチャップついてるぞ、超絶美少女さん」
「げっ、マジで?」
結衣が慌てて口元を拭う。俺は呆れながら紙ナプキンを差し出した。
周囲から見れば、これが「イチャイチャ」に見えるらしい。正気か? どこをどう見ても、男同士のじゃれ合いにしか見えないはずだ。俺たちは最高の「親友」なのだから。
「おい、マジで降ってきたぞ」
「うわ最悪。傘持ってねーわ」
夏休み直前のある日。ゲリラ豪雨に見舞われた俺たちは、ずぶ濡れになりながら俺の家に逃げ込んだ。親は旅行中で不在だ。
「ほら、風邪ひくからシャワー浴びてこい。俺のジャージ貸してやるから」
「サンキュー相棒! 恩に着るぜ!」
結衣は遠慮のカケラもなく風呂場へ直行した。俺はその間に濡れた床を拭き、温かいお茶を淹れる。
数十分後、風呂上がりで俺のダボダボのジャージを着た結衣がリビングに現れた。
「ぷはー! 生き返った! おっ、お茶サンキュ!」
「おう。……って、お前、髪くらいちゃんと乾かせよ」
「えーめんどい。自然乾燥でいけるいける」
「いけるかバカ。貸せ」
俺はドライヤーを持ち出し、結衣の背後に回って濡れた髪を乾かし始めた。
「おー、極楽極楽。相沢美容室、星5レビューつけとくわ」
「はいはい。つーかお前、シャンプー使いすぎだろ。めっちゃ匂いする」
「いい匂いだろ? 惚れんなよー?」
「誰が惚れるか」
そう口では言い返したものの、俺の手は少しだけ震えていた。いつもは気にならない結衣の細い首筋や、シャンプーの甘い香りが、やけに鮮明に脳を刺激する。
いや、待て待て。こいつは親友だ。戦友だ。背中を預け合う仲だ。間違ってもそんな対象じゃない。
「よし、乾いたぞ。ゲームすっか」
「おっしゃ! 今日こそお前をボコボコにしてやる!」
俺たちはコントローラーを握り、夜中まで格闘ゲームに没頭した。結衣が俺の肩に寄りかかって寝落ちするまで、俺は自分の胸の奥で微かに鳴った不整脈から必死に目を逸らし続けた。
2学期が始まり、文化祭の準備で慌ただしくなった頃。俺は見てはいけないものを見てしまった。
放課後の旧校舎裏。結衣が、他クラスのイケメンサッカー部員から壁ドンされていたのだ。
「星野さん、ずっと好きだった。俺と付き合ってくれないか?」
俺は物陰に隠れながら、息を潜めた。
結衣のことだ。「ごめん、わたしゲームで忙しいから!」とか言って一蹴するに決まっている。
しかし、結衣は少し困ったように眉を下げていた。
「えっと、その……ごめんなさい。わたし、そういうのよく分からなくて」
「今は分からなくてもいい。少しずつ俺を知ってほしいんだ」
イケメンがさらに距離を詰める。
その瞬間、俺の頭の中で「ブチッ」と何かが切れる音がした。
「おい、そこまでにしておけよ」
気づけば俺は飛び出し、結衣とイケメンの間に割って入っていた。
「相沢!?」
「誰だお前。今いいところなんだけど」
「いいところじゃねーよ。こいつ困ってんだろ」
俺は結衣の手首を掴み、強引にその場から引き剥がした。
「わりぃな、こいつ俺とこの後デュオ組む約束してっから! 行くぞ結衣!」
「えっ、ちょ、相沢!?」
そのまま結衣を引きずるようにして、学校を飛び出した。
公園まで走ってようやく立ち止まる。息を切らす俺に、結衣が文句を言ってきた。
「ちょっと! なんでいきなり乱入してくんだよ!」
「うるせえ! お前があんな奴にホイホイついてくからだろ!」
「ついてってねーよ! ちゃんと断ろうとしてたし!」
「……っ、なんか腹立ったんだよ!」
「はあ!? なんでお前が怒るんだよ!」
なんで俺が怒っているのか。自分でも分からない。ただ、結衣が他の男とそういう雰囲気になっているのを見た瞬間、猛烈な「独占欲」のようなものが湧き上がったのだ。
「……親友が、変な男に騙されそうになってたら、助けるのが普通だろ」
「なんだそれ。……まあ、助かったのは事実だけどさ」
結衣は少しふくれっ面をして、それから小さく「ありがと」と呟いた。
俺は自分の胸の内で渦巻く、この得体の知れない感情に名前をつけるのがひたすらに怖かった。

あの日以来、俺たちの関係は少しだけギクシャクしていた。
いや、表面上は変わらない。相変わらずテンポよくボケとツッコミを繰り返し、一緒にゲームをして、ファミレスでくだらない話をしている。
だが、ふとした瞬間に目が合うと、お互いにスッと逸らしてしまうようになった。
「なあ、相沢」
ある日の帰り道。夕日に照らされた河川敷を歩きながら、結衣がポツリと口を開いた。
「ん?」
「こないださ……サッカー部の人から告白された時、なんであんなに怒ってたの?」
「だから、あれは親友として……」
「親友、親友ってさ。……わたしは、相沢の何なの?」
結衣が立ち止まり、俺を真っ直ぐに見つめた。その瞳は、いつものおどけたようなものではなく、真剣そのものだった。
「何って……最高の悪友で、相棒で……」
「それだけ?」
言葉に詰まった。
それだけ? 本当に?
一緒にいて一番楽しい相手。他の誰かといるよりも、こいつといる時が一番自然体でいられる。こいつが他の誰かに取られることを想像しただけで、胸が焼け焦げそうになる。
これを「友情」という言葉で片付けるのは、もう限界なのではないか。
「……俺は」
「わたしはさ」
俺の言葉を遮るように、結衣が言った。
「わたしは、相沢の隣にいるのが一番好きだ。ゲームしてる時も、バカな話で笑ってる時も、相沢が一緒じゃなきゃつまんない」
結衣の顔が、夕日のせいだけではなく、赤く染まっていた。
「これって、ただの『親友』だからなのかな」
その言葉が、俺の心にかけられていた最後のストッパーを完全に破壊した。
俺は大きく息を吸い込み、頭を掻きむしった。
「……あーもう! 降参だ。俺の負けだよ」
「えっ?」
「俺もだよ。お前がいないと、俺の日常はつまらねえんだよ」
俺たちは、ようやく自分たちの本当の感情に気づいてしまったのだ。

河川敷の風が、二人の間を通り抜けていく。
俺は結衣の正面に向き直り、その両肩をガシッと掴んだ。
「ちょ、痛い痛い! 相沢、力強いって!」
「黙って聞け。……俺は、お前が好きだ。親友としてじゃなく、一人の女として」
結衣は目を丸くして、瞬きをパチパチと繰り返した。
「……えっと。それ、どういう……」
「だから! 付き合ってくれって言ってんだよ! 彼女になってくれ!」
大声で叫んだせいで、通りすがりの犬の散歩中のおばちゃんがビクッとこちらを見たが、今はどうでもいい。
結衣はしばらく口をポカンと開けたままフリーズしていたが、やがて顔を真っ赤にして俯いた。
「……バカ相沢。そんなの、反則だろ」
「何がだよ」
「わたしから言おうと思ってたのに……!」
結衣は俺の胸にドンッと頭突きをかましてきた。
「ぐはっ!」
「わたしも! わたしも、相沢が好きだ! ずっと前から、ただの親友だなんて思えなかった!」
顔を上げた結衣の目には、少しだけ涙が浮かんでいた。
俺は胸の痛みを堪えながら、ふっと笑い出した。
「お前、告白の返事が頭突きって……やっぱり色気ねえな」
「うるさい! 照れ隠しだ!」
「痛えよ。でも……ありがとな」
俺は結衣の頭にポンと手を置き、そのまま優しく撫でた。結衣は抵抗することなく、少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「……これで、俺たちは晴れてカップルってわけか」
「だな。なんか照れくさいな」
「明日からどうする? 手とか繋いで登校すんのか?」
「バカ言え! 恥ずかしくて死ぬわ!」
「だよな。俺も無理だわ」
告白を終えても、俺たちのノリは変わらなかった。でも、確かな熱が二人の間に存在していることだけは、はっきりと分かった。
こうして俺たちは、「最高の親友」から「不器用な恋人」へとステップアップしたのだった。
翌朝。俺たちはいつもの交差点で待ち合わせていた。
「よお、遅えぞ彼女」
「誰が彼女だ! 待ち合わせの5分前には来てただろ彼氏!」
「彼氏って言うな、なんかむず痒い」
「お前が先に言ったんだろ!」
いつも通りの言い合い。だが、歩き出して数分後、俺と結衣の手の甲が何度かぶつかった。
俺はチラリと結衣を見る。結衣もチラリと俺を見る。
「……」
「……」
無言のまま、俺は結衣の手をそっと握った。結衣はビクッと肩を揺らしたが、振り払うことはなく、ギュッと握り返してきた。
「……手汗かいてんぞ」
「うるさい! お前こそ心臓の音ここまで聞こえてきそうだけどな!」
「聞こえるかバカ」
手をつないだまま、少し距離を空けて歩く不自然な二人。
教室に入ると、いつものクラスメイトたちが俺たちを見てニヤニヤと笑ってきた。
「おーおー、相沢と星野、ついに手繋いで登校かよ! 付き合ってんな!」
「だから前から言ってたじゃん、お前ら絶対両思いだって!」
いつもなら「親友だし!」と全力で否定するところだ。
だが、今日の俺たちは違う。
俺は結衣と顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「あー、そうだよ。文句あっか!」
俺が堂々と宣言すると、クラス中から「ヒューッ!」という歓声と拍手が巻き起こった。
「ちょ、相沢! 堂々と言いすぎ!」
結衣は真っ赤になって俺の背中をバシバシと叩いてくる。
「いいだろ別に! 隠すことじゃねえし!」
「恥ずかしいだろバカ!」
「痛い痛い! お前、彼女になってまで暴力振るうな!」
「愛のムチだ! 感謝しろ!」
結局、俺たちのテンポは恋人になっても何も変わらないらしい。
ボケて、ツッコんで、一緒に笑い合う。
ただ、隣にいるのが当たり前だった「最高の親友」は、これから先もずっと手を繋いで歩いていく「最高の恋人」になった。
俺たちの漫才みたいな日常は、形を変えて、これからもずっと続いていく。